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せきしろ「東京落物百景」
落とし物の数だけ、物語がある――。落とされたモノにも、そして落とした人にも。
『去年ルノアールで』『たとえる技術』などの著作で知られる作家せきしろが、東京の街の片隅で、本当に見つけたさまざまな落とし物について考える妄想ノンフィクション。
前回は、(レッスン)と書かれたPASMOの落とし物を発見し、なぜか「北の国から」の名シーンに思いをはせた著者。今回はリンゴの落とし物。まさか全世界の女子に人気のあのキャラクターが登場するなんて!?

まさか都内の路上で、あのキティちゃんが身長計測を!?

都内の路上にて発見。この落とし物から、まさかあのかわいいキャラクターが浮かんでくるとは!?(写真/ダーシマ)
都内の路上にて発見。この落とし物から、まさかあのかわいいキャラクターが浮かんでくるとは!?(写真/ダーシマ)

ウイリアム・テルが、こっそりリハ用に使ったリンゴとも考えられる

道にリンゴが落ちている。近くにリンゴの木がないのなら、それはなかなか珍しい光景であり、アスファルトの上の赤さに私は思わず足を止めてしまう。

しばし見つめた後、たいていの落とし物に対してそうするように、なぜリンゴがそこにあるのかを考え始める。

リンゴと言えば真っ先に思い浮かぶのは風邪をひいたときのことで、母親がすりおろしたリンゴを食べさせてくれたことだ。食欲がなくてもそれは口に入れることができて、酸味があってジューシーで、ただただ美味しかった記憶しかない。

しかしその記憶は郷愁を覚えさせてはくれるが、「なぜここにリンゴが?」という問いの答えにはならない。
そこでさらに考えて、キティちゃんが身長を測った痕跡かもしれない、という理由に行き着く。

キティちゃんの身長はリンゴ5個分とプロフィールにある。そこからわかるように、キティちゃんはリンゴを使って計測する。測り終えた後、リンゴを4個持って帰ったが1個だけ忘れてしまい、それが今目の前にあるリンゴだ。そんな想像ができる。

もちろん疑問もある。なぜ道端で身長を測ったのかということだ。

それは「どうしても測りたかったから」という理由で良いだろう。あるいは「そこにリンゴがあったから」か。リンゴを持ち歩いているうちに測りたくて仕方なくなったのだ。キティちゃんの将来の夢はピアニストか詩人とのことであるから、芸術家的な行動とも考えられる。

ちなみにキティちゃんの体重はリンゴ3個分である。そこから「体重を測ろうとしたのでは?」とも考えてしまうが、身長に比べて体重は計測しづらい。前者はただ積み上げるだけで自分の背と比べられる。一方、後者はそうはいかず、体重計、天秤、あるいはシーソーが必要になる。そのため体重ではなく身長と考えるのが良いだろう。

また、リンゴと言えばウイリアム・テルのことも思い出す。「息子の頭の上に乗せたリンゴを矢で射るか、それとも死ぬか」の選択を迫られ、見事リンゴを射抜くことに成功する、という童話を幼少の頃幾度も目にしたものだ。

今度はそのリンゴであると想像を膨らませてみる。しかし落ちているリンゴには矢が刺さっていない。刺さった跡もなく、それどころか傷すらも見当たらない。となると、矢が当たらなかった可能性が浮上し、チャレンジ失敗となり、想像はバッドエンドになってしまう。

そこで軌道修正する。用意したリンゴは1個ではないと考えるのだ。

本番まで何があるかわからない。用意したリンゴが傷んでいる可能性もあるし、乗せた時に「うーん、このリンゴじゃないな。別のある?」となる場合だって考えられる。ウイリアム・テルのこのチャレンジは多くの人が注目する一大イベントであるから、失敗は許されない。そこでスタッフが数個、念のためにいくつかのサイズ、さらにはいくつかの品種も用意したはずだ。そのうちの1個、たとえばリハーサル用の1個、それが目の前にあるリンゴと考えれば、成功したリンゴは別にあることになるのだからバッドエンドではなくなる。

チャレンジ成功。私はホッとして、別の落とし物を見つけるまでまた歩き出す。

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せきしろ

せきしろ●1970年北海道生まれ。主な著書に、映像化された『去年ルノアールで』や、映画化された『海辺の週刊大衆』、『1990年、何もないと思っていた私にハガキがあった』(共に双葉社)など。また、又吉直樹氏との共著『カキフライが無いなら来なかった』『まさかジープで来るとは』(幻冬舎)、西加奈子氏との共著『ダイオウイカは知らないでしょう』(マガジンハウス)も。
ツイッターhttps://twitter.com/sekishiro

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