よみタイ

東京の蕎麦屋であえて注文するのは「鍋焼きうどん」……その理由とは?

博覧強記の料理人、美味の迷宮を東奔西走す!
日本の「おいしさ」の地域差に迫る短期集中連載。

前回は、食いだおれの街・大阪におけるうどんのトレンドについてでした。ついに「うどん編」の〆となる5回目。なのに舞台はお蕎麦屋さん……?

うどん編⑤ 「東京鍋焼きうどん」に刮目せよ

 学生時代に初めて出会った京都のきつねうどんに惚れ込んだ話は既にしました。きつねうどんの揚げは甘く煮付けられたものばかりと思っていた僕にとって、京都のきつねはそうではなかった、という点が最大の驚きでした。僕はその後長らく、こういうきつねうどんは京都ならではのもので、あとはせいぜい大阪に「きざみきつね」としてひっそりと存在しているくらいと認識していました。
 しかし、どうもそれは思い違いだったようです。ある時、金沢にも同様のうどんがあることを知りました。金沢のそれは名称こそ「いなり」ですが、短冊に切った揚げと青ネギが入ったその姿は、京都のきつねうどんと見分けがつかないくらいよく似ています。ちなみにこのいなりうどんのつゆがあんかけになったものは「たぬき」であり、これも京都のたぬきと完全に一致しています。大阪でたぬきというと「甘い揚げが載った蕎麦」であり、東京をはじめ多くの地域では「天かすが載ったうどん/蕎麦」なのは、最近ではずいぶん有名になった「食の方言」ですね。
 金沢の食文化は昔から京都との結びつきが強く、優美かつ華やかな加賀料理の成立には京料理が大きな影響を及ぼしたと言います。金沢の食文化は加賀料理に限らず、それが洋食でも中華でも「金沢おでん」などの庶民的なグルメでも、あらゆる物がどことなく上品な印象を受けます。そんな北陸の小京都に、京都とよく似たうどん文化が根付いているのは、納得でもあり、また実に興味深いと思います。
 どうもこの「味付けしない揚げを刻んだきつねうどん」の文化は全国に点在するようですが、もうひとつだけ挙げておきましょう。それが名古屋の「しのだ」です。しのだは、揚げとネギの他にかまぼこも加わることが多いようです。青ネギではなく白ネギが使われることもあるようですが、実は愛知県はもともと関西と同じく青ネギ文化圏だったのが、時代と共に白ネギ中心になっていったという経緯があるようで、やはりここは青ネギこそが正統と言えるでしょう。

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 名古屋のうどんやきしめんにおける他にあまり無い特徴として、ひとつの店でつゆが2種類用意されるという点があります。たまり醤油を使った「赤つゆ」と、白醤油や白たまりといった無色透明に近いこの地方独特の醤油が使われた「白つゆ」です。普通のシンプルなきしめんは赤つゆで、天ぷらうどんや天ぷらきしめんは白つゆ、というふうに、メニューごとにどちらが使われるかはだいたい決まっていますが、お客さんがそれをカスタマイズすることもできるようです。
 しのだは基本白つゆですから、見た目は京都のうどんに近い印象を受けます。ダシは鰹節より風味の強いムロ節が好まれるため、京都のダシとは少々異なりますが同系統とも言え、全体にあっさりとした味付けはやはりどこか似ています。名古屋めしは何でも濃い味付けで味噌を多用して……というイメージが強いかもしれませんが、本来のそれは意外と関西寄りの上品な味わいだったりもするのです。関西と関東の間とも言えるこの地に、関東よりも濃い醤油色の赤つゆと関西よりも色の淡い白つゆが共存しているというのもまた、納得行くような不可解なような独特の文化ですね。

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 東京に昔から住んでいた方が「東京うどんはこのまま衰退していってしまうのでしょうか」と嘆いていたのを聞いたことがあります。僕はそれを聞いた時点では「東京うどん」という概念自体を認識していなかったため、まず少し驚きました。別の年配の方は、「昔の東京の蕎麦屋さんでは、蕎麦でなくうどんを選ぶ人が今より多かった気がする」ともおっしゃっていました。
 僕は東京で蕎麦屋さんによく行きます。確かにだいたいの蕎麦屋さん、特に古くからの店では、ほぼ全てのメニューで蕎麦かうどんのどちらかを選べるようになっています。でも、うどんを選ぶ人はほとんど見かけないような気もします。東京においてうどんはすっかり「日陰者」のようにも見えますが、昔はもう少し拮抗していたということなのでしょうか。
 そんな東京の蕎麦屋さんでも、絶対にうどんでなくてはならないメニューがあります。それが「鍋焼きうどん」です。実は僕はこの「東京の鍋焼きうどん」が大好物なのです。これもまた周りで自分以外に頼んでいる人をあまり見かけないのですが、昔はもっと人気のメニューだったのでしょうか。

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新刊紹介

稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。
近刊は『異国の味』(集英社)、『料理人という仕事』(筑摩書房)、『現代調理道具論』(講談社)。

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