よみタイ

極私的ナンバーワン、甘くない「京都のきつねうどん」

ダシを楽しむ京都のうどん

 このきつねを筆頭に、京都のうどん屋さんは、そのダシのおいしさを最大限に生かしたメニューが目白押しです。僕がきつねの次に好きだったのは「あんかけうどん」です。片栗粉でとろみをつけたダシがうどんを完全に覆い尽くしており、それ以外に載るものはおろし生姜のみ、という潔さ。かまぼこはおろかネギすら載りません。世の中にこれほどかっこいいうどんはそうそう無いと思います。当時の僕も「なるほどこれが京料理か」と勝手に納得していましたが、これもまただいたい合っていたことを、後に知ることになるのは言うまでもありません。
 カレーうどんは、このあんかけうどんにカレー粉が加わったものと言えるでしょう。ただしここには揚げ、九条ネギ、時には牛肉も加わり、だいぶ賑やかな味わいです。京都の繁華街である木屋町にはこのカレーうどんの専門店があり、バイト上がりや夜遊びの後で小腹が空いた当時の僕は、そこのカレーうどんにするか、隣のラーメン屋さんにするか、たびたび脳が煮えるほど店の前で悩みまくったものです。
 その店からほど近い、古い雑居ビルの奥には、「すじうどん」の専門店がありました。今思えばこれはもしかすると、京都と神戸のハイブリッドといったところだったのでしょうか。もしくは京都の食肉加工の歴史が生んだオリジナルだったのか。その真相は不明ですが、このすじうどんは、かけうどんの上に柔らかく煮込んだ甘辛い牛すじとこんにゃく、つまり神戸で言うところの「ぼっかけ」が載ったものでした。そこに親の仇の如く大量の七味唐辛子を振りかけて食べるのが、飲食業従事者や遊び人を中心とする常連さんたちの流儀。この店はたしか夜から明け方にかけてのみ営業しており、そのどこか背徳的な味わいは、カレーうどん以上、いや、もはやラーメン以上のものでした。「きつねうどんの定食セット」が昼の味だったとするならば、こちらは完全に夜の味です。

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 このように、京都のうどんは、「1日に3回食べる人もいる」という讃岐うどんほどではないかもしれませんが、京都人の日常に、いつだってはんなりと寄り添っています。それはコシのあるうどんそのものを楽しむと言うより、滑らかで柔らかいうどんを媒介として、その上質なダシを楽しむものと言えるでしょう。
 斯様に、讃岐うどんと京都のうどんは、同じうどんと言いながら、その実全く別の料理です。実際僕も学生時代、下宿で手っ取り早くかき込むのは冷凍讃岐うどん、外で毎回ダシに感激しながら食べるのが京都のうどん、と何の疑問もなく使い分けていたと思います。だからその両者を比べるのは、そもそもナンセンスではあるのですが、もしどうしても日本一を決めろと言われたなら、僕は「京都のきつねうどん」と答えるでしょう。
 もちろんこれはあくまで個人の見解です。目下、日本では、日本一のうどんとして讃岐の「ぶっかけ」ないしは「釜揚げ」を挙げる人が最大多数なのではないかと推測しますが、少なからぬ人々にとって、いろいろな地方に様々な「理想のうどん」があるはずです。次回からはそんな、日本各地のうどんについても触れていきたいと思います。あらかじめお断りしておきますが、日本中のうどんを俯瞰的に等しく語りきることは不可能ですし、この連載の役割でもないでしょう。だからそれは今回の京都編同様、あくまでひとりのうどん好きから見た、個人的な風景のようなものになると思います。

次回は4/20(土)公開予定です。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。
近刊は『異国の味』(集英社)、『料理人という仕事』(筑摩書房)、『現代調理道具論』(講談社)。

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