よみタイ

東京=味のスタンダード、は大いなる勘違い? 味覚の関西化について考える

「東京エスニック」

 少し脱線してしまいましたが、東京が少し特殊なのはここです。和食の関西化や洋食の浸透という状況そのものは東京も同じですが、東京の場合は特別な保護活動などしなくても、東京ならではのローカル食文化はあちこちに当たり前のように残っています。冒頭のおでんもまさにそう。他にも、蕎麦、鰻、江戸前寿司、などなど枚挙にいとまがありません。しかもそれらは、それらを提供する飲食店の中で、そしてそれらが繋ぐネットワークの中で、「文化」として成立しています。地方の自治体が、なんとかしてカタログ的にローカル食を残そうと奮迅しているのに比べれば、盤石さのレベルが違うのです。
 こうなったのはある意味当たり前で、東京は江戸の昔から、京・大阪に次ぐグルメタウンだったから。様々な料理が独自の発展を遂げ、独特な食文化を形成しています。

 僕自身は九州で生まれ育ち、その後、関西や名古屋、岐阜で生活してきました。また、料理人としては(もちろん関西ルーツの)日本料理を学びました。そんな僕にとって、東京の昔ながらの料理は驚きに満ちたものでもあります。
 僕は長年、様々なエスニック料理を体験してきました。最初は困惑も込みで対峙しつつ、繰り返し食べている内に、いつしかそれは舌と身体にしっくりと馴染んでいきます。僕は東京の味を、それと全く同じ感覚で楽しもうとしていることにある時気付いたのです。なのでそれ以来僕は、東京で出会う未知の味や料理を「東京エスニック」と定義しました。東京という街にはだいぶ馴染んできた気もしますが、まだまだ僕はこの地では異人です。そんなアイデンティティの確認のニュアンスも、この言葉には含まれています。
 エスニックと言ってももちろん、例えばタイ料理と和食ほどの距離感があるわけではありません。その差異は微妙と言えば微妙です。でも微妙だからこそ面白い。しかもそれはあくまで子供の頃から慣れ親しんでいたはずの「和食」のカテゴリー内にあるからこその面白さでもあります。細かい差異のディテールにこそ神が宿るのです。
 そういう意味では、国内であっても知らない地域の食文化は全てエスニックとも言えるのですが、東京エスニックには、そういうものとも少し違う、別のレイヤーの独特さもあります。それを一言で言うなら「東京の人は油断している」ということになります。
「油断」とはいったいどういうことなのか。なぜそれが起こるのか。そこについては、次回以降に考察していきます。

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次回は2/17(土)公開予定です。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。
近刊は『異国の味』(集英社)、『料理人という仕事』(筑摩書房)、『現代調理道具論』(講談社)。

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