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東京=味のスタンダード、は大いなる勘違い? 味覚の関西化について考える

味覚の関西化

 東京にはこのような、東京ならではのおいしい食べ物がたくさんあります。もちろん日本全国にその土地ならではのおいしい食べ物があるわけですが、その中でも東京は少し特別であるとも感じています。
 良くも悪くも、日本の食は画一化が進んでいます。これは高度経済成長の時代に端を発すると聞いたことがあります。情報網や流通網が発展し、また日本人が豊かになっていく過程で、日本全国どこでもあらゆるおいしいものが手に入るようになっていきました。そうなると、皆が一斉によりおいしいものを求めた結果として、どうしても画一化は進みます。
 そんな中、和食の世界で天下統一を果たしたのは、概ね、大阪・京都を中心とする関西の食文化だったと考えているのですが、これには少し説明が必要です。元々、料亭や割烹といった高級日本料理の世界は、関西料理の独壇場でした。これは日本の歴史を考えたらある意味当然のことです。ただしそういう洗練された高級料理は、かつてはごく一部の人々のためのものでした。庶民はあくまでそれぞれの土地の伝統的な食の体系の中にいたのです。例えばその土地で取れる時季の野菜を自家製の地味噌だけで煮たものや、雪が積もる前に収穫した野菜を塩だけで漬けた漬物、そういった「おかず」です。
 しかし時代と共に、特別なものであったはずの高級日本料理は、庶民の世界にも徐々にくだっていきます。もちろん庶民が料亭や割烹に気軽に行けるようになったわけではありません。その代わり、庶民の食自体が、高級日本料理的に変容していったのです。その特徴を簡単に説明すると、醤油や味噌のダイレクトな濃い味ばかりに頼らず、ダシや甘みをふんだんに用いて、複雑かつ上品でまろやかな味を求めていったということになるでしょう。かつての農村の、ストレートな味付けのしょっぱいおかず少量で大量の雑穀米を一日何合も食べる、という食事形態はもはや過去のものです。様々なおかずに、かつてと比べるとごく少量のご飯を添えて食べる現代の食には、この「味覚の関西化」が必然でした。

 昨今「郷土料理」という言葉がよく聞かれるのは、それが危機に瀕していることの裏返しに他なりません。和食の変容以上に、洋食の浸透がそれに拍車をかけています。なので、郷土料理は意識的に守っていかねばならない、という気運が満ちています。自治体主導でサイトが作られたり、学校給食に導入したりという施策も進められています。そうしなければ絶滅してしまうからです。
 しかしこれがどのくらい成果を上げているのか……。観光誘致的な意味では、いわゆる「地方B級グルメ」的なものの方がよほど効果を上げています。B級グルメというと、いかにもその土地の日常生活に紐づいているようですが、実はそうでもありません。その濃くて人懐こい味はいかにも庶民的ですが、濃いと言ってもうま味や甘みがとかく強調されがちなその味わいは、むしろ画一化の方向にまっしぐら。もちろん画一的だからこそ、地域的嗜好の壁を越えて誰にも愛され得る観光資源になるわけですが。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人・飲食店プロデューサー。鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
和食、ビストロ、インド料理など、幅広いジャンルの飲食店25店舗(海外はベトナムにも出店)の展開に尽力する。
2011年には、東京駅八重洲地下街にカウンター席主体の南インド料理店「エリックサウス」を開店。
Twitter @inadashunsukeなどで情報を発信し、「サイゼリヤ100%☆活用術」なども話題に。
著書に『おいしいもので できている』(リトルモア)、『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』『飲食店の本当にスゴい人々』(扶桑社新書)、『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分!本格インドカレー』『だいたい1ステップか2ステップ!なのに本格インドカレー』(柴田書店)、『チキンカレーultimate21+の攻略法』(講談社)、『カレー、スープ、煮込み。うまさ格上げ おうちごはん革命 スパイス&ハーブだけで、プロの味に大変身!』(アスコム)、『キッチンが呼んでる!』(小学館)など。近著に『ミニマル料理』(柴田書店)、『個性を極めて使いこなす スパイス完全ガイド』(西東社)、『インドカレーのきほん、完全レシピ』(世界文化社)、『食いしん坊のお悩み相談』(リトルモア)。
最新刊は「よみタイ」での連載をまとめた『異国の味』。

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