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加害者と距離をとる【逃げる技術!第19回】避難、引っ越し、昼逃げ……

DVから子連れで逃げた編集者の藤井セイラさんが「安心・安全・HAPPYなDV避難」を描くエッセイ。モラハラって何? どこに相談する? 親にどう話す? お金は? 「離婚だって結婚情報誌みたいに明るく語りたい!」と、体験談&Tipsをつづります。

イラスト/藤井セイラ 監修/太田啓子弁護士(湘南合同法律事務所)

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加害者と物理的距離をとる方法

さて前回は、自治体や児童相談所から「あなたの家庭にはDVや虐待がありますよ」「お父さんとお子さんとを、すみやかに離してください」といわれたわたしが、どのように別居を決意したのか、また、その理由はどのようなものだったか、について書きました。

では、具体的にDVや虐待をするパートナーから離れる場合には、どうすればいいでしょうか? 古典的なものとして「実家に帰る」という道があります。この方法のメリットは、おそらく経済面での負担が少ないこと、すぐに実行しやすいことでしょう。

わたしの友人にも、夫から肉体的DV、精神的DV、経済的DVを受けて、子どもたちを連れて、もう2年近く実家に身を寄せている女性がいます。

親の庇護を十分に受けていない人がDVに遭いやすいという現状

ただし、そもそも実家と疎遠だったり、自分の親(子どもにとっては祖父母ですね)とぎくしゃくしていたりすると「実家に帰る」という選択肢はとりにくいものですよね。また、もうご両親が存命でない場合もあれば、高齢で負担をかけられないとか、すまいに十分な居住スペースがないなど、さまざまな事情もありうるでしょう。

これは先日、臨床心理士で公認心理士の信田さよ子先生とお話を伺った際にいわれたのですが
「DVをする男性は、父親の庇護を受けていない女性のことをかぎ分けて、そういう人をターゲットにすることが多いんですよ」
と。まさにわたしもそういう家庭環境だったな、と思いあたるふしがあり、ショックを受けました。

わたしの場合、「DVを受けています」と話したのは、友人よりも自治体よりも主治医よりもきょうだいよりも、自分の親が最後でした。いちばん伝えにくい、相談しにくいと感じる相手が親だったのです。

離婚の決断がなかなかできなかったのも「親がなんというか」「親は許さないだろう」という思いが心の底につねにあったから。ただし、最終的には「いまはわたしが親なんだから、この子たちを守らなきゃ」という、「娘としてのわたし」よりも「母親としてのわたし」が勝ったので、逃げるに至ったのです。

いまは両親にDVがあったこと、どのようなことをされていたかのあらましも話せましたし、それを通して以前よりも仲が深まったと思っていますが、「実家に住む」というのは、自分にとっては本当に最後の手段、という感じはしています。

わたしの実家は富山で、いま暮らしている東京から遠いため、子どもの教育環境が大きく変わってしまうのを避けたい、というのも実家に引っ越せない理由のひとつです。

また、最近はNHKの「クローズアップ現代」などでも取り上げられるようになりましたが、一人ひとりの個人はとてもよい人でも、やはり地域社会全体として見ると、地方はジェンダーギャップが東京に比べて大きく、仕事をしていく上で、また娘たちを育てる上で、不安を感じます。

Tips 71
実家のキャパシティや、仕事や教育環境などがネックで「実家に引っ越す」のは難しいケースも多いでしょう。ただし、緊急避難先として身を寄せたり、子どもの学校の長期休みに帰ったり、という方法も。頼れる先は多いほうがより安定します。

弁護士の受任通知を置いて家を出る

わたしは最初、弁護士さんと一緒につくった「受任通知」という書類の写しを家に置いて、子どもを連れて都内のホテルにいき、1ヶ月以上滞在しました。

「受任通知」とは、弁護士が依頼人(わたし)の委任を受けて代理人になった、ということを相手方(夫)に伝える書面です。どんな内容を書くかはケースによりますが、最低限「弁護士が代理人(代わりに窓口になる人)になったこと」と「今後の連絡は妻に直接ではなく、弁護士を通じるべきこと」が入っています。

そのほかに特に書いてほしい内容がある場合には、盛り込めるかどうかを弁護士に相談してください。わたしの場合は、相手に真意を伝えるためにも、また離婚調停になるかもしれないことも想定して、受けたモラハラやDVの内容を入れておいたほうがよいという弁護士のすすめもあり、かいつまんで夫の言動を記しました。

つまり、弁護士名義で「あなた(夫)は依頼人(わたし)に対してこういうことをこれまでしてきましたね。以上のことから、依頼人(わたし)は夫婦関係を維持できないと考えています」ということを書いてもらいました。

DVの内容や、今後わたしがどうしたいのか――夫婦関係はもう維持はできないが、あなたが子どもの父親であることは変わらないので、週末に外で会うなどして交流をしていこう、養育にかかる費用は負担してほしい――といったことが書かれていました。持ち家も求めず、慰謝料もなし、とにかくまず別居と養育費(婚姻費用)を求めて、夫と子どもの関係については保障したものであり、この提案はおそらく彼にとって悪いものではなかったといまも思います。

3歳、6歳とともにホテルに1ヶ月滞在

家出をし、1ヶ月の滞在の間、ホテルから幼稚園や小学校や習い事に通わせていたのですが、遠いですし、朝の支度も大変でした。週末で混み合うときなどは連泊できず、部屋を移動したり、他のホテルに移ったり本当に大変でした。

その都度、衣類や洗面具や常備薬の入った大きなバッグはもちろん、ランドセル、学校の鍵盤ハーモニカ、絵の具セット、そろばんバッグ、ピアノの練習用にレンタルしたキーボードなどをすべて持って移動するので、他の宿泊客の目には奇妙な親子に映っていたと思います。

子どもたちは本当にがんばりました。かなり過酷でした。外食しかできないので、次女はほんの1ヶ月でも目に見えて痩せてしまい、かわいそうな目に遭わせてしまった、と思っています(本人たちはいっときホテルに住んでいたことについて「あれは最高だったね」「あんな体験したことある人ってなかなかいないよね」とたまに思い出して笑っていますが)。

Tips 72
短期避難先としてホテルや自治体のシェルターなどがあります。シェルターに入ると、情報の秘匿のため通学や通勤は難しいことが多く、身体的暴力などでかなり緊急度の高いときに選ばれるようです。

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予想外に、子どもにまったく興味を示さなかった夫

そのときは「わたしたちがホテルに避難すれば、きっと数日のあいだに、夫は受任通知を読んで、なにかしら考えや態度を改めてくれるだろう」と思っていたのです。子どもたちにもそう話してしまっていました。

「お父さんは、お母さんには意地悪するけど、いつも『子ども優先!』といっているから、あなたたちのことは心配して、すぐにおうちに戻してくれると思うよ」と。

しかしその予想ははずれます。「子ども優先!」といっていたのは、その言葉を出せばいつでもわたしをコントロールできるからだったのでしょう。
ホテルに避難して1日たっても、2日たっても、連絡はなく、あっというまに3週間がたちました。夫はどうやらそのあいだ、自分の弁護士を探していたようです。
 
そして「面談をしましょう」ということで夫と、彼の弁護士と、わたしと、わたしの弁護士との4名で会ったのですが、バカにされたり脅かされたりするようなことはあっても、真摯にとりあったり謝罪したりということはありませんでした。

自分の夫はこんなにひどい人だったのか、と信じがたくもあり、同時に、DVとは根深く深刻なものなのだと思い知らされもしました。なおこのあと、幾度もそういう絶望や呆れに直面することになります。いまもなお、そうです。

妻の提案を呑むと「負けた気がする」夫

最初に家を出て以降、夫は2年近く、ただの1度も「子どもたちは元気か」「風邪をひいていないか」「ちゃんと食べられているか」などたずねてきたことはありません。

たまりかねて、子どもには内緒で「普通はもっと、子どもが元気かどうかをまず心配するものではないの?」と伝えたことがありますが、それでも向こうからは「写真を撮らせてほしい」「パパはがんばっています」といったメールがきたり、通学路で待ちぶせをして子どもに突然「パパは悪くないよ〜」と話しかけてくるといった一方的なアクションしかありませんでした。

調停においても「おお、こうきたか……」と驚くような提案をしてくるのです。とにかく気力を削がれます。何度かそれをくりかえして、ああこれは「すり合わせ」「歩み寄り」「妥協点を探す」といった大人の態度ではない。ひたすらに「嫌がらせ」なのだ、と気づいて実感するまで、1年以上かかりました。

それを理解してからは、「こうなったらいいな、という希望」は表出しないように努めています。

もちろん気持ちとしてはこうなったらいいな、というのはあるのです(家出当初は、別居し、子育てに必要な実費を支払い、週末に公園などで会うというスタイルを提案していました)。

ただ、夫としてはどうやら「妻の提案を呑む」ということがとにかく悔しいようなのです。きっと「負けたような気がする」のではないでしょうか。なので、なにを提案しても、まずはそれを壊そうとしてきます。何も希望は伝えないほうがまだうまくいくような気がしています。

Tips 73
DV加害者は自身の加害性を自覚していないことが多く、建設的な話し合いが困難。交渉の場を使って、被害者をさらにコントロールしようとしてくることがあります。

本当は親族会議がしたかった

さて、わたしと子どもたちは、1ヶ月におよぶホテル住まいのあと、子どもの長期休みにあわせてさらに実家に2週間ほど避難します。このときほど実家をありがたいと思ったことはありませんでした。

そろそろお金も尽きるので、またホテルに戻るわけにはいかず、うちの両親も東京まで出てきて夫を説得し、一度は彼が家を出て(というか嫌気が差したらしく本当に突然に夫が立ち上がってリュックだけ持ってバッと逃走した)、かわりにわたしたちが自宅に戻ることができました。

夫はあえて温泉施設などで夜を過ごしていたようで「まぶしくてぐっすり眠れない」などと泣きを入れるメールが届きました。

当時のわたしはまだ洗脳がとけきっていなかったので、そんな夫に対して「わたしのせいで家を出させてしまって申し訳ない。大丈夫かしら。かわいそう」と思っていました。しかしいまはただ「アホやな」と思います。普通にビジネスホテルに泊まればいいのに。

なお、本当は、こちらの親だけが夫に話をする、というのもフェアではないと思い、義両親も含めて親族会議をしたく(本質的には夫婦だけの話ですが、夫婦で話しあいも成り立たず、孫もいることなので)、向こうの実家にも伝えようとし、何度も電話などでコンタクトを試みましたが、固定電話からかけても誰の携帯からかけても一切とってはもらえませんでした。夫が根回しをしたようで、LINEも早々にブロックされていました。

ほとぼりの冷める、驚きのスピード

せっかく出ていった夫ですが、ほとぼりの冷めるのが異様に早く、2週間も経たずに家に戻ってきてしまいました。それも、どういうわけか最初は泥棒かなにかのように台所横の勝手口から深夜に帰ってくるのです。セコムが鳴って驚きました。こわいです。

深夜に帰り、早朝に家を出る。あわれみを誘っているのでしょうか。申し訳なさを表現しているのでしょうか。それをくりかえしながら、5時間、6時間、7時間……と、少しずつ夫は家にいる滞在時間を伸ばしていきました。

彼は当初こそ肩身狭そうにしていましたが、次女が発熱・嘔吐したときにわたしがひとりで世話をしていると「あのさ〜。いまだけ頼ってくれていいんだよ? なにか買ってきてほしいものあったら買ってくるし。今日頼られたからってそれで離婚裁判に不利になるようなこといわないから」と声をかけてきたのです。

迷いましたが、わたしは「……じゃあ、薬局に処方箋が出してあるから、薬取ってきて。あとそこで、お熱でも子どもが食べられそうなゼリー買ってきて」と頼みました。

すると夫は「たらみのごろっと」を買ってきてくれました。発熱中の子が寝たまま食べられるサイズ感ではありません。風邪の子が食べるのはオリヒロの「ぷるんと蒟蒻ゼリー」シリーズとか「農水フーヅ」のスティックゼリーです。

そして夫はゼリーだけではなく、しれっと自分の缶ビールも買って帰ってきて、子どもがぐったり寝ている階下で、ひとりバラエティを見ながら飲み始めたのです。

それ以来、普通に夜8時くらいに帰宅して、リビングで酒を飲むようになりました。子どもに向かって軽口をたたいたり、さわってきたりもしました。わたしたちは一緒にいたくないので、寝室にこもるようになりました。夫がリビングにいるあいだは息をひそめていました。

一度などは次女が、階下には父親がいるから部屋から出たくないといってトイレを我慢し、おもらしをしてしまったことがありました。もちろんすでに排泄のコントロールは完璧にできていたのに。あれは本当にかわいそうでした。

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藤井セイラ

編集者、エッセイスト。2児の母。東京大学文学部卒業後、広告・出版を経てフリーに。子育てに関連する勉強が好きで、気がつけば、保育士、学芸員、幼保英検1級、絵本専門士、小学校英語指導者資格、日本語教師、ファイナンシャルプランナー2級など、さまざまな資格を取得。趣味はマンガとボードゲーム。苦手なものはお寿司。最近、映画館で観たのはプリキュア。

X(ツイッター) @cobta https://twitter.com/cobta

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