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【中村憲剛×一力遼対談 前編】囲碁とサッカー、王者の思考の共通点は、俯瞰の目と“点より線”で長く見ていく重要さ

囲碁もサッカーも俯瞰の目が大切な共通点がありそう、と一力さんの話を真剣に聞く中村さん。
囲碁もサッカーも俯瞰の目が大切な共通点がありそう、と一力さんの話を真剣に聞く中村さん。

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勝とうが負けようが、点ではなく線で見て実力を高めていきたい

一力
憲剛さんの自伝『ラストパス』も読ませていただきました。川崎フロンターレが長い間、優勝できなかったという話に共感しながら。自分自身、なかなか思うような結果が出せない時期があって最初にタイトルを獲るまでも時間がかかりました。

中村
僕は15年かかりました(笑)。点より線で見ていく感覚が大切だなって思うようにはなりましたね。目の前の試合に勝って嬉しい、負けて悔しいは当然あるとして、それ以上に最終的に(シーズンを)勝ち切るにはどうすべきかを考えるようになって。タイトルを獲って、すべての目線が上がっていく感じがありましたから。

一力
自分自身、まだまだだなというふうに感じる部分が多いです。AIの登場によって、トップの棋士でもかなりミスをしていることは、それこそアマチュアの人が見ても分かるような状態になっています。AIで研究してみても、まだまだ自分の知らないことが多いなって気づかされますし、勝とうが負けようが、そういった意味では点ではなく線で、長い目で見て実力を高めていけたらなという思いになっています。

中村
タイトル戦だと5番勝負、7番勝負になりますよね。どのようなスタンスで構えているんですか?

一力
以前は初戦に勝つとタイトルを獲れることが多くて、逆に初戦を落とすと負けてしまうことが多かったんです。だから割と初戦に重きを置き過ぎたところは否めません。でも今は以前ほど初戦に執着することはなくなった気がします。2戦目以降も、とにかく目の前の試合に集中しています。ここ1、2年でそのように変わってきました。

中村
大きなタイトルを獲った成功体験も関係ありますよね。

一力
本当にそうです。黒星スタートでもちゃんと巻き返せた成功体験が積み重なって、執着しなくなりました。

中村
2戦目で巻き返せたという経験を具体的に教えていただきたいです。

一力
あんまり流れが来てない中、チャンスが来るまでは我慢しよう、と。相手が隙を見せたところでカウンターみたいに持っていって逆転勝ちでき、それで落ち着きました。今年の3月、井山さんとの棋聖戦もそうでした。1勝3敗から3連勝という形でしたが、全体を通して見ると苦しい流れを我慢して逆転する展開が多かった。以前の自分であればちょっと悪くなったら感情的にイチかバチかみたいな勝負を仕掛けて負けることが多々ありましたけど、メンタルトレーニングを始めてから変化した部分でもあります。

中村
苦しいときに耐えるマインドというのはすごく共感できますね。どの試合も圧倒して勝ちたいというのがサッカー選手。特に僕はそういうマインドが強かったので、同時にそれが“隙”にもなっていました。毎試合、自分の臨んだとおりの展開になることなんてありません。初優勝したときに感じたのは、隙を見せないことが大切だなと。苦しいときに耐えて勝機を見いだして勝ち点を積み上げていく感覚も必要なことでした。「競り勝つ」事も大事ですが、「競り合いから落ちていかない」という言い方が、僕のなかでは合っているかな。

一力
自分の場合も調子がいいときはどんどん勝って10連勝以上とか行くんですけど、一端潮目が変わると、そのままズルズル落ちちゃうみたいなことが割と多くて。それがメンタルトレーニングを始めようと思ったきっかけでもありました。苦しいところでのボトムの力をベースアップしよう、と。

中村
なるほど。良いことを高くするんじゃなくて、悪いことを低くしないようにする。つまり「今日は100点を出すのは難しそうなんで、70点の出来でどうやって勝つか」みたいな感じですかね。たとえば、僕らは連戦だけど相手チームは(試合の)間隔が空いていてお互いのコンディションが平等じゃないときもあります。毎回100%は出せないから、何とか70、80%を維持するというのは僕も意識していました。

一力
憲剛さんの話を伺っても、共通しているんだなと思えました。

中村
「思考のパス交換」ではいろんな方と対談させてもらっていますけど、どの業種でもトップにいる方たちはみなさん謙虚だなと感じます。上に立つと刺激は減っていくので、要はどうやって自分の知らない世界を見ていくかってことだと思うんです。まだまだ足りないと思えるのは伸びしろなんでしょうね。

一力
昨年、国際戦の応氏杯を優勝しましたが、実力的に言えば中国、韓国にさらに強い棋士がいます。もっと安定して上位で戦えるよう、ちょっとでも近づけていけたらな、と思っています。

対談は日本棋院東京本院にて。特別対局室「幽玄の間」での2ショット。後ろに飾られているのは川端康成揮毫の書「深奥幽玄」。
対談は日本棋院東京本院にて。特別対局室「幽玄の間」での2ショット。後ろに飾られているのは川端康成揮毫の書「深奥幽玄」。

後編に続く

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今回の対談は日本棋院の公式Youtubeとのコラボ企画です!

今回の「思考のパス交換」は、日本棋院の公式YouTubeチャンネル「日本棋院囲碁チャンネル」とのコラボ企画! 最初に憲剛さんが囲碁を学び、一力棋士と対局する様子や、対談の模様など。こちらも一緒にお楽しみください。

日本棋院の公式YouTube「日本棋院囲碁チャンネル」はこちらから!

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新刊紹介

一力遼

いちりき・りょう/囲碁棋士。河北新報取締役。
1997年6月10日生まれ、宮城県仙台市出身。早稲田大学卒。
5歳で囲碁を始め、小5のとき囲碁を学ぶため上京。
2013年9月、16歳3カ月で第52期十段戦本戦入りなど多数の最年少記録を更新する。2024年9月「囲碁のオリンピック」とも称される国際大会「応昌期杯世界プロ囲碁選手権戦(応氏杯)」に出場し優勝。メジャーな国際大会での日本棋士の優勝は19年ぶりの快挙。
2025年4月現在、国内7大タイトルのうち、「棋聖」「名人」「天元」「本因坊」の4冠を保持している。

中村憲剛

なかむら・けんご●1980年10月31日生まれ、東京都出身。中央大学卒。
2003年、川崎フロンターレに入団。20年の引退まで同チーム一筋のレジェンド。Jリーグベストイレブン8回。16年にはMVPも受賞。日本代表国際Aマッチ68試合出場6得点。10年南アフリカW杯、出場。最新刊『ラストパス』は現在4刷で話題。
公式ブログ■中村憲剛オフィシャルブログ
公式X@kengo19801031
公式インスタグラムkengo19801031

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