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焚き火マイスター 猪野正哉 人生は立ち止まったり、座りこんだり。10年の暗黒を脱して“焚き火”を生業に【実録・メンズノンノモデル 第5回 後編】

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「焚き火マイスター」が職業として認められていることへの喜びと感謝

 山登りがすっかりライフワークになった猪野の元へは、山関連の専門誌を中心に少しずつではあるが仕事のオファーが届き始めた。そのひとつひとつの仕事を丁寧にこなす中で、たまたま撮影現場で「火をおこす」機会が訪れた。

猪野 あるアウトドア雑誌で、キャンプの一環としての焚き火を特集する企画がありまして、火のおこし方は昔からよく知っていたので僕が担当しました。その動きを見たスタイリストさんが、「そんなに上手に火をおこせるんだったら、肩書きをつけようよ」と。そこから「焚き火マイスター」と名乗るようになったんですよ。最初のほうは冗談半分でプロフィールに書いていたくらいなんですけど、「元メンズノンノモデルで妙な肩書きを持つ男がいる」というので「マツコの知らない世界」からお誘いをいただいて。そのテレビ番組出演をきっかけに、いろいろな媒体からどんどん声がかけていただくようになりました。かつてライターをやっていたので裏方もできる、という点も重宝されたのかもしれませんね。

「焚き火マイスター」というユニークな響きに世のアウトドアブームも相まって、一躍注目の人となった猪野。雑誌、テレビ、ウェブメディアなど様々な媒体に、裏方、インストラクター等として携わり、ときには自ら焚き火に宿る魅力を説く。そんな、それまでの彼の人生に“ゲームチェンジ”をもたらした焚き火は、実は引きこもり時代の両親との対話が原体験になっている。

猪野 (借金を背負って東京から逃げるように実家に戻ってきてから)長く、実家には帰ってきた理由を言わずにいたんですけど、きっと両親は早い段階で気づいていたんでしょうね。ただ話をするなら家でもいいのに、わざわざここに僕を呼び出して、焚き火を囲みながら、「お前、何か隠しているんだろう」と。そうなるともう逃げ場はないですよね。でも、自分でも驚くほど自然にそのとき自分が置かれている状況を打ち明けることができたんです。火を見つめていると、相手の顔を見る必要がなく、普段話せないことも正直に話せたりするーー。焚き火にはそういった効果があるかもしれないと気づいたのは、ずいぶん後になってからですけど。

近年は木彫り熊の収集にもはまっているという。「木を燃やすことが生業ですが、燃やしてしまったら何も残らないので、木を残すこともしようと思って、木彫り熊に辿り着きました」。お尻を向けたディスプレイにも味わいがある
近年は木彫り熊の収集にもはまっているという。「木を燃やすことが生業ですが、燃やしてしまったら何も残らないので、木を残すこともしようと思って、木彫り熊に辿り着きました」。お尻を向けたディスプレイにも味わいがある

 続けて、「焚き火が仕事として認められたことが何よりもありがたい」としみじみ語る猪野。10年にもわたって世間から孤立した経験をもつ彼が言うのだから、重みがある。

猪野 少し前にトヨタRAV4のタイアップ記事で、パティシエの三上恭平さんと対談をさせていただいたのですが、「パティシエ×焚き火マイスター」なんていう並びは、普通に考えたらありえないじゃないですか(笑)。オファーをいただいたときは「本当に僕でいいのかな」って不安に思いましたけど、それだけ職業として認知してもらえているのだと思うと、感慨深かったです。

一方、焚き火マイスターとしての今後の展望を問うと、「とくにこれといった目標はないですね」と意外なほど素気ない言葉が返ってきた。しかしそれは、苦労してたどり着いた現在の居場所で、地に足をつけてやっていきたいという彼の強い思いの裏返しなのだとも受け取れる。

猪野 このまま一生、“焚き火”を続けるかどうかはまだわかりません。でも、依頼された仕事をきちんと続けていれば、また自然と新しい展開になっていくのかなと思っています。そもそも僕は30代の記憶が(引きこもり生活だったため)ほぼないので、今、50歳ですが感覚的にはまだ40歳なんです。だから、ある程度流れにまだ身を任せながらで良いのかと。ひとつ、今やりたいことといえば、焚き火の絵本を出したいです。これまで本を3冊出させていただいて気づいたんですが、そもそも焚き火って言葉でちくちく説明するものでもないなあと(笑)。だから、大人も子供もゆるい感じで楽しめる、絵本がいいんじゃないかと最近は思っているんですよ。

猪野による著書『焚き火の本』(山と溪谷社刊)は、焚き火のハウツーと知識を徹底的に解説した“焚き火実用書の決定版”だ
猪野による著書『焚き火の本』(山と溪谷社刊)は、焚き火のハウツーと知識を徹底的に解説した“焚き火実用書の決定版”だ

一時は、反骨心を抱いたり、恨むことさえあったメンズノンノに対しても、今は愛着を隠さない。

猪野 「メンノン」って、なんなんでしょうね。専属モデルだった期間はたった2年なのに、今でもこうして常に自分にまとわりついてきます。もちろんいい意味で、ですよ。卒業してからは、もう誌面に出ることはないんだろうなと思っていたんですけど、何年か前に取材ページでメンズノンノに声をかけてもらったときには本当に嬉しかった。まあ僕自身が「元メンズノンノモデル」という肩書きを、他の誰よりも使っているんですけどね(笑)。

 こうやって猪野正哉と話していると、人生の機微について考えさせられる。彼が、メンズノンノモデル時代にもっと注目されていたら、20代に始めたブランドを成功させていたら、“焚き火マイスター”という職業はこの世に生まれていなかったのだから。そんな彼に最後に聞いてみた。「猪野さん自身も、焚き火に癒されていますか?」

猪野  どうですかね(笑)。今は仕事として火を灯すことがほとんどですし、1人では(焚き火を)やらないので。焚き火に癒し効果があることは、科学的にも証明されているみたいですが、それが長く持続しないところも、また焚き火のよさ。癒しがずっと持続するものだったなら、今僕はもう仏みたいになってますよ(笑)。

PROFILE
1975年生まれ。千葉県出身。1994年10月号で第9回メンズノンノモデルに選ばれ、約2年間、専属モデルとして誌面に登場。その後20代は主にフリーのモデル兼ライターとして活動し、空白の10年を経て40歳の頃に「たき火ヴィレッジ〈いの〉」の運営を開始。以来、「焚き火マイスター・アウトドアプランナー」として、雑誌や映像の焚き火監修を手がけるほか、イベント、ワークショップなど多岐にわたって活躍中。自ら設立した日本焚き火協会の会長を務め、また『焚き火の本』、『焚き火と道具』(ともに山と渓谷社)、『焚き火メシの本』(共著/RICE PUBLISHING)とこれまで3冊の著書を上梓している。

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次回、連載第6回は5/1(金)公開予定です

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新刊紹介

徳原海

大阪府出身。メンズノンノ編集部でのアルバイト勤務を経て2006年からフリーランスの編集者として活動。メンズノンノ、UOMOなどの雑誌をはじめ、現在は様々なファッションブランドやスポーツブランドの広告ビジュアル制作なども手がける。著書に「パラアスリート谷真海 切り拓くチカラ」(集英社)、写真と文で綴った欧州フットボール紀行「the Other Side」(ブートレグ出版)など。

Instagram :@kai.tokuhara

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