2023.5.25
斬首、殴打…彼女たちはなぜこのような行為に出たか 第8回 ファム・ファタル(宿命の女)というレッテルを貼られた女性たち
聖書や神話にも女性の誘惑に負けた男性は存在し、その部分が切り取られて悲劇的、稀に喜劇的な顚末が絵画の内に収められた。北方マニエリスムの画家バルトロメウス・スプランヘルの〈ヘラクレスとオンファレ〉(一五八五年頃)は、ギリシャ神話の英雄が陥った滑稽な状況を取り上げている。ゼウスの妻ヘラの策略で狂気に陥り、殺人を犯したヘラクレスは罪を償うために、リュディアの女王オンファレに奴隷として仕えていた。ヘラクレスに女性の装いをし、糸紡ぎなど女性の仕事をするよう命じる一方で、オンファレ自身はヘラクレスのライオンの毛皮をまとって、彼の武器である棍棒を手にすることがあった。スプランヘルの絵画には、まさにこの男女の装いと役割が逆転した様子が描かれている。緑の天蓋が占める室内で、薄紅色の女性の服をまとうヘラクレスは、頭や耳、手首、指を宝石で飾り立て、黄金の椅子に腰を下ろしている。困惑した様子の英雄は、ぎこちなく糸巻きに取り組んでいるところだ。彼のそばに置かれた糸巻き棒(1)は、当時は主婦を示す伝統的なアトリビュートであった。鑑賞者に背を向けるオンファレは、ヘラクレスが素手で引き裂いたというライオンの毛皮を頭から被り、棍棒を肩に担いで挑発的な眼差しを画面の外に投げかけている。天蓋の上部では、緑と金、白の入り混じる翼のついたアモルが(2)、この情景を余すところなく見せようと布を持ち上げていた。天蓋の内にいる人物は、アモルの方を見やりつつも、その指は弱々し気な表情を浮かべるヘラクレスに向けられていた(3)。
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男女の役割が逆転したこの二人に、十五世紀ドイツの版画家イスラエル・ファン・メッケネムの〈妻の尻に敷かれる男〉(一四七五―八〇年頃)を重ねてしまうだろう。夫婦が並び座る様子を表した作品だが、状況はいささか物騒なことになっている。妻は大きな糸巻き棒を振り上げ、夫を殴ろうとする素振りをみせる。彼女はちょうどスカートをたくし上げ、夫の半ズボンを穿くところだ。それを横目で窺う夫は、怯えた表情を見せつつも、担いだ糸巻き車で妻の代わりに糸を紡ぐ。夫婦の立場、もしくは仕事や役割の逆転というテーマを、ファン・メッケネムは多く扱ってきた。ファン・メッケネムの銅版画で、夫の手に負えなくなった妻は、家庭内の支配権をめぐる争いを引き起こす。この支配権を象徴するのが、男性の半ズボンなのである。スプランヘルの作品でも、ヘラクレスに女の恰好をさせた上で、オンファレが彼の衣服をまとうことにより、この二者の力関係を明らかにしようとしたのだ。
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