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斬首、殴打…彼女たちはなぜこのような行為に出たか 第8回 ファム・ファタル(宿命の女)というレッテルを貼られた女性たち

「ファム・ファタル(宿命の女)」は、絵画のみならず文学や映画でも好んで取り上げられる女性像である。このテーマには、必ずと言っていいほど盲目的な愛と破滅の運命が付きまとう。美と誘惑の化身に理性を失った恋人は、地位や財産、家族や友人との関係などすべてをなげうってまでも、想い人の愛情を手に入れようとする。思考も眼差しもすべて相手にだけ向けるうちに、じりじりと嫉妬の炎に焼き尽くされ、最終的には自らの命すらも使い果たしてしまうのだ。神話や小説でそう描かれる女性たちは、演劇の舞台上で魅惑的な振る舞いを見せ、絵画の中でも美しい姿と色彩をまとって、観る者に不思議な眼差しを投げかけてくる。

 このテーマは古くから取り上げられ、ルネサンス期には「女の力(Weibermacht)」という主題が、絵画や文学で一つの大きな流行を生み出すことになる。男性よりも身体や精神の上で劣る(と考えられていた)女性が、己の美しさや性的魅力で男性を支配下に置くさまが、絵画の中で繰り広げられている。教会の力が強い社会では、アダムに知恵の樹の実を食べさせたエヴァを人類の堕落の原因とみなし、女性は悪魔の誘惑に屈する弱き存在という考え方が根強くあった。さらに、古代ギリシャ・ローマの著作でも、しばしば英雄が女性に翻弄され身を落とす羽目になったために、同様の考え方が見られた。そこで女性を啓蒙し、男性が同じわだちを踏ませまいと、教訓的な絵画が制作されることになったのである。聖書や神話、または寓話を舞台に、美しくも悪しき女性とそれに屈服した男性が風刺的に扱われている。

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石沢麻依

1980年、宮城県仙台市生まれ。東北大学文学部で心理学を学び、同大学院文学研究科で西洋美術史を専攻、修士課程を修了。2017年からドイツのハイデルベルク大学の大学院の博士課程においてルネサンス美術を専攻している。
2021年「貝に続く場所にて」で第64回群像新人文学賞、第165回芥川賞を受賞。
著書に『貝に続く場所にて』『月の三相』がある。

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