よみタイ

群ようこ「今日は、これをしました」

刺激を受ける曲を聴く

 自分の声が低いので、低めのボーカリストの声が好きだったが、高い声の人ではじめていいと思ったのは、ケイト・ブッシュだった。はじめて『嵐が丘』を聴いたとき、私の好きではない範疇はんちゅうの声なのに、この人の声は好きになった。のちに彼女はピンク・フロイドのデヴィッド・ギルモアに見いだされたと知って、へええと思ったものだった。
そのときによって、心地よく感じる声は違う。のんびりしたいとき、元気を出したいとき、静かに過ごしたいとき、耳にしたい声は違う。梅雨どきから夏にかけての湿気の多い時季には、キリンジの『エイリアンズ』を特に聴きたくなる。私はこの曲は日本音楽史上、間違いなく最上級の名曲のひとつで、ちょっとうんざりする湿気が多いときに聴くと、その湿気をいやなものではなく好ましいものに変えてくれる。それと共に渥美昭夫あつみあきお訳のカーソン・マッカラーズ『結婚式のメンバー』を読んだときの気持ちがよみがえってくる。思春期の女の子のいらだちと、舞台になっているアメリカ南部の田舎町のねっとりとした空気感。しかし絶望ではなく救いもあってと、この曲とこの本は私のなかで密接につながっているのだ。
 YouTubeに彼らの動画があったので、仕事の合間に聴いていたが、やっぱり何度、聴いてもいい。そしてそこには他の歌手の方々のカバーバージョンの動画が紹介されていた。名曲だからみんな歌いたいのだろうなと、動画を観ていき、田島貴男たじまたかおのカバーを聴いたとたん、
「これはすごい」
 と聴き入ってしまった。四年前にアップされていたようだが、まったく知らなかった。キリンジのほうは、若く、青く、不安定な何ともいえない危うさと透明感があるのだけれど、彼の歌には湿気はない。あるのは都会的な大人の雰囲気である。中年、あるいはシニアのカップルが夜中に、レトリーバー種のイヌと一緒にベッドの上にいる感じ。まったりとした幸福感が漂っている。カーテンを開けて二人で窓の外の星空を見ているのだろうかなどと、イメージが膨らんでいく。最近、CMで彼の『接吻せっぷん』が流れているが、その雰囲気がそのまま『エイリアンズ』に受け継がれている感じがした。同じ楽曲でもそれぞれの世界観が際立ち、どちらもすばらしくて、田島版も私のお気に入りになった。
 バンドであってもボーカリストであっても、心に刺激を受ける曲に出会うと、同じ時代に生きていてよかったと思う。それは自分が何歳になっても同じだ。流行るものも時代それぞれで面白い。ずっと変わらず好きな曲、新しく知った曲、びっくりした曲などいろいろあるが、これからどんな曲が、どんな歌手が出てくるのかとても楽しみなのである。

1 2 3 4

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

関連記事

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『おたがいさま れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

週間ランキング 今読まれているホットな記事