よみタイ

群ようこ「今日は、これをしました」
物を減らす、無駄なことはしない、必要以上に買わない。
「しない。」生活のなかだからこそ、手に入れるもの、するべきことは
試行錯誤を繰り返し、日々吟味している群ようこ氏。
そんな著者の「しました、食べました、読みました、聴きました、着ました」
など、日常で「したこと」をめぐるエッセイです。


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着物を取り出して褒めちぎる

今日は、これをしました 第16回

 新型コロナウイルスの感染拡大で、相変わらず様々な業種に影響が出続けている。そのなかでも飲食店は大変だ。支援金も遅れがちで、申請した一部の金額しか振り込まれていない店もあるとか。それに付随して、食材を納入している業者も被害に遭っていることだろう。休め、酒を出すなというのなら、それに見合った補償を国がするのは当然なのに、それすら遅れがちというのだから、怒るのは当たり前である。国、自治体の対応の遅さは信じられない。どれだけ月日が経っていると思っているのだろうか。
 そんななかで店側もいろいろと考えているようで、朝、起きてテレビをつけたら、自粛要請を受けた飲食店が、少しでも収入を得ようと、リヤカーでの引き売りをはじめたと報じていた。もちろん保健所等の許可をきちんと取得してである。最初はキッチンカーを考えていたが、初期投資で三百万円かかるので、リヤカーでの引き売りにした。そのリヤカーは社員の手製で、百均、ホームセンターなどで材料を調達し、三万円で作ったのだという。
 そのニュースを観ながら、
「昔は引き売りの業者さんがいたなあ」
と懐かしくなった。昭和三十年代前半の都内だが、週に一度か二度、リヤカーを引いて、あさしじみ売りのおじさんが来ていた。彼は、「お嬢ちゃんはいくつ?」「給食は何が好き?」「どんなことをして遊んでいるの?」などと聞いてくれた。どちらかといえば無口なおじさんなのに、小学校低学年の女の子相手に、気を遣って会話をしてくれていたのだろう。私も緊張しながら、おじさんと話したのを思い出す。他にも大きな荷物をいくつも背負ったおばさんが、近県から新鮮な野菜や漬け物、手作りのおやつなどを持って行商に来たりしていたけれど、スーパーマーケットがあちらこちらにできはじめた頃から、彼らの姿を見なくなってしまったのだった。
 リヤカーでの引き売りをはじめた店によると、同じ引き売りでも昔とは違い、SNSを使って、「今日はこの辺りを回ります」と発信すると、「買いたいのですが、ここの場所には何時頃に来られますか」「ぜひ買いたいので、立ち寄ってください」とメッセージが届く。それらを見ながら徒歩で移動し、十キロほどの距離を歩くのだそうだ。
SNSも携帯電話もない頃は、買いたくても買えないときは諦め、運よく出会えたら、次の予定を聞いておくなどしていたが、闇雲に歩き回るよりも、SNSを活用してまず情報を流し、それに目をとめてもらうほうが、商売につながりやすい。残念ながら最近は引き売りをしているのを見ると、これを買って大丈夫なのだろうかと心配になったりする場合もあるので、SNSなどで店舗情報を知ることができれば、消費者も安心して買えるだろう。
 引き売り担当は男女を問わず健脚の若い店員さんで、お客さんと同じ目線で会話を交わして売るのが楽しいといっていた。客が来られないのであれば自らが出向いて、道行く人に興味を持ってもらう方法が新鮮なのかもしれない。コロナウイルスの感染拡大はまったくありがたくない状況だが、それによって、これからの商売のあり方が違ってくる予感がした。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『おたがいさま れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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