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群ようこ「今日は、これをしました」

刺激を受ける曲を聴く

 私は音楽が好きなので、クラシックも含めて、これまでに様々な曲を聴いてきたが、最近はあまりに音楽が多種多様になってきて、自ら追い求めるのはやめた。ふだんの生活で自然に耳に入ってきたものを聴いている。演歌というジャンルはまだ残っているが、私が幼い頃から結構、いい歳になるまで世の中にあった、歌謡曲というジャンルはとても影が薄くなってしまった。小学生当時、演歌は中年向け、民謡はもっと年齢が上の人向けという区分けがあった。戦前から活躍している歌謡曲の歌手は、声楽を学んだり、音楽大学を卒業したりしている人が多く、発声もクラシックそのものだった。まじめすぎて面白みがなかった。小、中、高の若い子たちが熱中できそうな歌手といったら、御三家といわれた橋幸夫はしゆきお西郷輝彦さいごうてるひこ舟木一夫ふなきかずおくらいだった。
 そんな戦前からの歌謡曲をひきずるなかで、私が小学校五年生のときにビートルズの来日があった。それで若い人たちの音楽に対する興味が変わった。エレキギターが一般的になったときで、その後にグループサウンズブームがあって、私もその中にどっぷりと浸かっていた。まじめな御三家では埋められない、若い子たちの内に秘めたエネルギーが、今まで短髪の男性歌手しか見たことがなかった反動で、フリルがついた服を着る、長髪の男の子たちにぶつけられたのである。
 一部の厳しい大人たちは、長髪の、といっても今から比べれば全然長くもないのだが、グループサウンズの彼らを毛嫌いし、ファン、エレキギターを弾く人まで全員不良と決めつけた。夜のテレビで、PTAの親玉だったか学校の先生だったか、詳しくは覚えていないが、彼らとザ・タイガースが、対決している番組を観た。一方的に反グループサウンズ派の人たちがののしっていたが、諦め半分なのか淡々としているザ・タイガースのほうが、ずっと大人に見えた。私はまだ年齢的にジャズ喫茶やコンサートには行けなかったけれど、コンサートや彼らが出演していたジャズ喫茶に出入りしたら、即刻停学になる中学、高校もあった。こうるさいおじさん、おばさんからすれば、彼らは戦後はじめての、由々しき敵だったのかもしれない。
 たくさんのグループサウンズのグループがあったけれども、彼らの声が高いと感じたことはなかった。正直、歌よりも顔重視だったといったほうがいいかもしれないが、ザ・スパイダースの堺正章さかいまさあきをはじめ、歌がうまい人たちは、若い子なりにちゃんと認めていた。当時は歌謡曲とも共存していて、音楽大学を出ている人よりも、まだジャズクラブや進駐軍のキャンプで歌っていた人たちの歌声のほうが、私にはなじめた。下積みをしたそれらの場所では、ジャズやポップスのリクエストがほとんどだったからだろう。そういった人たちの声は低めで落ち着いていた。そんななかでギターを抱えて流しの仕事をして、大歌手になった北島三郎きたじまさぶろうの苦労話は有名だった。
 私はグループサウンズの流れから、洋楽のロックに興味が移り、洋盤のハードロックばかりを聴くようになった。バンドなのでまず曲ありきで、ボーカルが歌っているのも英語で詳しい内容はわからず、ただリズムと音色が好きだったのだ。でもロック好きを公言していた私は、北島三郎の歌が好きとは、いえなかったが、あるとき仲のいい友だちにこそっと告白したら、
「サブちゃん、いいよね」
 といってくれて、ほっとした。自分のなかでジャンルは何であろうと、いいものはいいものだったのだ。
 その後、素人や、売れない歌手も含めて参加するような、のど自慢番組が放送されるようになって、場数を踏んでいなくても、音楽を学んだ経験がなくても、歌手になれる門戸が開かれてきた。アイドルという言葉のできはじめだったかもしれない。七〇年代前半から八〇年代前半にかけて、歌謡曲で人気のあった女性歌手の名前を見ても、特に声が高いと感じる人はいない。山口百恵やまぐちももえ中森明菜なかもりあきなも比較的声は低めだ。松田聖子まつだせいこは声が高いというよりも、音域が広いのだろう。
 ごうひろみは比較的声が高いかもしれないが、男性歌手がビジュアル重視になった時代の、いちばんかわいい男の子だったので、その声でもまったく違和感がなかった。声の高い低い以前に、顔はとってもかわいい女の子なのだけれど、素人以下といってもいいくらいに強烈に歌が下手な歌手がいた。またその曲が大ヒットしたのだけれど、今だったら絶対に歌手のレベルとして世の中に出せない人だった。
 現在では昭和歌謡というジャンル分けをされているらしいが、その時期の音楽がいちばん面白かった。上手い歌手、下手な歌手、変なレコードなど、ごっちゃごちゃだった。リズム、曲調、アレンジなど、うるさいおじさん、おばさんたちが目の敵にしていた、グループサウンズ期を通過していなければ出てこなかった曲も多く、もし彼らが出てこなかったら、戦前の歌謡曲、流行歌をただ引き継いだものでしかなく、進歩もなかっただろう。グループサウンズの力は偉大だったのだ。それまでなかったものが現れ、流行して音楽を変えていく。その後、また進化して打ち込みの小室こむろ哲哉てつや)系の音楽が席巻し、そしてその後またまた急速に進化して、ボーカロイドというものが出現し、実際に人としては存在しない歌手が歌う現実になった。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『おたがいさま れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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