よみタイ

群ようこ「今日は、これをしました」

録画したテレビ番組を観る

「新元号を当てるまで脱出できない生活」もいったいどうなるのだろうかと、楽しみに観た。知っている側からすると簡単そうだけれど、元号をアルファベットにした場合、近年の元号と同じ音の漢字は一文字目にはならないといった程度のヒントでは、そう簡単には推測できないだろう。
 新元号が発表される前日から、暖房もいれられない小さな一軒家に閉じ込められて、数少ないヒントを頼りに導き出す。これにはななまがりという芸人コンビが挑戦したのだが、人選がいちばんのポイントだっただろう。芸人さんでも、クイズが得意な博識の人だと、これまでの元号の情報を知っていて、それから推測してとても早く家から出てきそうだし、逆に漢字を知らず書けない人だと、永遠に出てこられない可能性もあり、どちらも番組としては成り立たない。ある程度の漢字の知識があり、想像力、そして根性もないとうまくいかない。それに彼らはぴったりだった。
 最初は意気込んでいても、あまりに当たらないと気分も落ち込んでくる。翌日からはクイズに正解すると、現金がもらえ、品物のリストから欲しいものが買えるようになるのだが、彼らが最初に買ったのが煙草だった。そして一服したとたん、頭がすっきりしたといって、また張り切って元号を書きはじめていた。喫煙者にとって、煙草の効力がすごいこともよくわかった。
 五分に一度、元号を発表するときのように、半紙に書いて元号を提示するのだが、一文字違っていたりすると、テレビの前で思わず「わああ」「惜しいーっ」と叫んだりした。この次は当てるのではと期待して観ていたのに、まったく違う方向にいってしまうと、「はあ~」と脱力した。途中、彼らも集中力が切れて、
「そんな元号、あるわけないじゃない」
 といいたくなる、「歯姫」などというひどいものまで出てきたり、
「ほらあ、ちゃんとやれえ」
 と文句をいったりした。自分はとっくに新元号を知っているのに、どうしてこんなに入れ込んでしまうんだろうと自分でも不思議だった。彼らがいつこちらにたどりついてくれるのだろうかという期待だったのだろうか。それとも漢字を書くという、私にも身近な行為だからだろうか。とにかくいつになく入れ込んでしまった。
 そして九十八時間後に、やっと「令和」にたどり着いたとき、心から「よくがんばりました」と拍手したくなった。これは面白かったと思いつつ、また次の元号のときもやってもらいたいと期待したのだが、よく考えると私は明らかに次の新元号を知ることができない。この面白い企画を、今後、私は観られないという現実を知り、ちょっとふてくされたのだった。
 そしてふだんなら翌日観るのに、今年(二〇二〇年)の十月に放送されたのに、ネコが亡くなったりして気持ちも落ち着かず、そのほかなんだかんだで放置していた番組を観た。「NSC時代に同期一の天才だった芸人、意外とくすぶってる説」で、テレビによく出演している芸人さんたちが、同期でいちばん面白かった人の名前を出していたのだが、キングコング、ジャルジャル、ゆりやんレトリィバァなど、現在も活躍している人たちもいたけれど、ほとんどは私が知らない人ばかりだった。
 そのなかで同期の今活躍している人たちが、口を揃えて面白いといっていたのに、十三年前、三十歳で芸人をやめたという男性がいた。彼は現在会社員で妻子がいる。路線ではなく企業送迎や観光の仕事をしている、バスの運転者である。みんなが面白い芸人になりたいと思って養成所に入り、そのなかで自分が望むような立場になった、ごくごく一部の人たちが面白いと認めたのに、なぜ芸人さんにならなかったのか。彼は自分には他の人のような情熱がなかったからといっていた。当時からプライベートを大切にして、稽古も嫌いだったという。それでも面白ければいいじゃないかと、そのまま続ける人もいると思うが、彼はそれをしなかった。冷静に自分を分析する真面目な人だったのだろう。
 芸人さんを多く抱えている会社には、芸人といわれている人が何千人もいるといっていた。しかしテレビに出ているのは、いつも同じ人たちばかりだ。私が目にしているのは、氷山の一角どころか、氷山の頂上のほんの小さな範囲にいる人たちだけなのだ。サンドウィッチマンのように、いつまで経ってもうだつが上がらず、これでだめなら芸人をやめようと、腹をくくって参加したM-1でグランプリで優勝し、大活躍しているコンビもいる。彼らは敗者復活から本選にあがり、同業者からの評価は高く、決勝戦に出場が決まっていた人たちからは、彼らが参加してくると怖いといっていたと聞いた。周囲からは評価される同じ状況だったのに、ある人は仕事をやめて会社員になり、ある人は超売れっ子になった。諦めずにやり続けていても、売れない人たちはたくさんいる。人生って不思議なものだとうなずくしかない。そんなことを考えるようになった私も歳を取ったのだろう。
 二〇一九年の十二月、寝る前にラジオをつけたら、ある外国人男性のインタビューが流れてきた。落ち着いた話し方で四十代くらいの雰囲気だった。インタビューが終わると、番組のDJが彼の発言の内容を通訳した後、彼の歌がいかにすばらしいかを説明した。歌手だったのかと、流れてきた曲を聴いていると、男性、女性など数人が交互に歌っているように聴こえる。それが六オクターブの声を持つ彼一人で歌っていると知って、こんな歌手がいるのかとびっくりしてしまった。そして年末に音楽祭があるので、そこで彼の歌声が聴けるともいっていた。
 DJが何度も彼の名前をいっていたが、とても一度では覚えられず、翌日、検索してみたら、その歌手はカザフスタンのディマシュ・クダイベルゲンだった。落ち着いた話しぶりや歌のうまさから、熟練の四十代の歌手と想像していたのに、実際は一九九四年生まれと知って驚愕し、また外見がモデルのような背が高い美形なので、再び驚愕した。世界には天が二物も三物も与えている人がいたのだ。そこで二〇一九年の年末に、彼が出演する、ABUソングフェスティバルを録画しておいたのを観たのは昨日だった。録画リストをチェックしていて、必要なものはブルーレイディスクに保存していたのだが、そこで、
「ああ、これはまだ観ていなかった」
 と気づいたのだった。丸一年経過して、はじめて動く彼を観た。声の印象と同じように、二十代半ばでも落ち着きがあり、明らかに大人だった。そしてとにかく歌が信じられないくらいにすごい! どれだけの声が出るのかと驚くばかりだ。あまりに素晴らしいので、逆に、この声はいつまで出るんだろうか。そのうち無理をして出なくなってしまうのではないかと心配になった。国内盤のCDなどは発売されていないが、動画はYouTubeで、楽曲は配信されている。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『散歩するネコ れんげ荘物語』『おたがいさま れんげ荘物語』などの<れんげ荘>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『また明日』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』『きものが着たい』『たべる生活』『これで暮らす』『小福ときどき災難』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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