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酒井順子「言葉のあとさき」
時代が変われば言葉も変わる。
そして、言葉の影に必ずついてくるのはその時代の空気。
かつて当然のように使われていた言葉が古語となり、流行語や略語が定着することも。
言葉の変遷を辿れば、時代の流れにともなう日本人の意識の変容が見えてくる……。
近代史、古文に精通する酒井順子氏ならではの冴えわたる日本語分析。

「だよ」、「わよ」、「です」

言葉のあとさき 第23回

 ある日の新聞に、アメリカ人女性アスリートの談話が載っていました。子を持つ母である彼女は子供と一緒にトレーニングをすることもあるそうで、
「子どもはうれしそうな顔をするんだよ」
 と、語っていたのです。
 その部分を読んで、私は一瞬、違和感を覚えました。それは談話の内容に対してではなく、「だよ」という語尾に対しての違和感。話し手は三十代の、いわば大人の女性だったのであり、「だよ」という語尾が乱暴に思えたのです。
 が、次の瞬間に覚えたのは、そんなことを思っている自分への違和感でした。記事を書いた新聞記者は、おそらくジェンダー問題に配慮し、「取材対象が女性だからといって、『のよ』といった語尾を使用するべきではない」と考えた結果、「だよ」を使用したに違いない。「だよ」に違和感を覚えた私の方が、ジェンダーバイアスというものに囚われているのでしょう。
 ハリウッドの女性俳優などのインタビューが日本で流れる時は、
「最高にエキサイティングな映画に仕上がったのよ。日本の皆さんにも、ぜひ観てほしいわ!」
 などと、女言葉での吹き替えや字幕がつくのが、かつては一般的でした。しかし昨今は、外国人女性の話が女言葉で訳されることに対する批判が出ています。勝手に女性性を付与するのはいかがなものか、と。
 昔話になりますが、一九九四年から首相を務めたむらやまとみいち氏は、その好々爺然とした外見故に、
「ワシは……じゃ」
 という、おじいさんっぽい一人称と語尾を、週刊誌などでは与えられがちでした。本人はそのような話し方をしていないのに、雑誌記事では村山氏の言葉の語尾が「じゃ」になっていたのは、氏の「おじいちゃん感」を強調したかったから。同じようにハリウッドの女性俳優は、その女性性の高さが期待されて、「のよ」「わ」という語尾が与えられたのではないか。
 英語にも女性的な言い回しは存在するようですが、語尾に男女差があるわけではなく、一人称も男女共通です。英語は日本語よりはずっとユニセックスな言語であり、かつ丁寧な言い方はあれど、敬語かタメ口かの区別もありません。
 だからこそ、外国の人々の言葉を日本語にする時は、訳する側が持っているイメージが、訳文に色濃く反映されるのです。同じアメリカ人でも、女性裁判官が語る言葉を日本語にするとしたら、
「難しい裁判だったわね」
 とは訳さず、
「難しい裁判でした」
 と、ですます調が使用されることでしょう。裁判官でなくとも、ビジネス上の言葉はたいてい、ですます調で訳されるもの。
女性俳優が新作映画について語るのもまたビジネスですが、しかし俳優という華やかな職業の人には、
「ぜひ観ていただきたいと思います」
 ではなく、
「ぜひ観てほしいわ!」
 と、タメ口で語らせたくなるらしい。
 俳優のみならず、女性ミュージシャンのインタビューなども女言葉で訳されていることが多いものですが、こちらも昨今は変化が見られるようになっています。例えば人気の女性ミュージシャンであるビリー・アイリッシュのインタビュー映像では、最初の自己紹介から、
「ビリー・アイリッシュだよ」
 という字幕が。数年前だったら、
「ビリー・アイリッシュよ」
 となっていたことでしょうが、二〇〇一年生まれの彼女には、明らかに「よ」は似合わない。
 彼女のインタビュー画像では、その後も、「……だよね」「……なんだ」といった語尾がずっと使用され、字幕だけ見ていたら、その語り手が男か女かは、全くわかりません。若い世代にとっては、女性が女言葉で話すということが全く現実的ではないからこその、男言葉なのです。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』など多数。

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