よみタイ

酒井順子「言葉のあとさき」
時代が変われば言葉も変わる。
そして、言葉の影に必ずついてくるのはその時代の空気。
かつて当然のように使われていた言葉が古語となり、流行語や略語が定着することも。
言葉の変遷を辿れば、時代の流れにともなう日本人の意識の変容が見えてくる……。
近代史、古文に精通する酒井順子氏ならではの冴えわたる日本語分析。

「ね」には「ね」を

言葉のあとさき 第22回

 アスリート達のインタビューにおける発言に、かねて興味を持っています。肉体で自己を表現することに長けている人達が、言葉で語らなくてはならない時、どのようなことを言うのか、と思うから。
 昨今のアスリート達は、かつてと比べるとずっと、話すことが上手になっています。SNSの影響もあり、自分の見せ方について、皆が意識的になってきたのです。
 昔は、自分の見せ方に意識的なアスリートは、邪道扱いされました。饒舌な人よりは寡黙で朴訥な方が、「その道に邁進している」とされたもの。少しお洒落などしようものなら「外見に気を配る時間があるなら練習しろ」と言われたのです。
 しかし今は、ただ競技の実力を持っている人よりも、発言力やセンス等、多方面の魅力を兼ね備えている人が、スターになるようになりました。力士さえも、昔は取組後にマイクを向けられたらハアハアいうだけだったのが、今は、自分の取組について冷静に振り返る人が増えてきたのです。
 アスリートの口数が増えてきたのは平成以降かと思われますが、そんな中でも彼・彼女達の言葉には、流行りすたりがあります。水泳の北島康介選手が活躍していた頃、すなわち二〇〇〇年代は、「楽しみたい」という言葉が流行っていました。昭和のスポ根的感覚からの脱却をアピールする言い方だったと思うのですが、
「負けましたけど、楽しかったので良かったです」
 といった発言には、批判が出ることも。
 そうこうするうちに、
「次につなげる」
 という表現が流行します。勝っても負けても、その試合で得た経験を次の試合に生かします、というこの言葉は、インタビューの締めフレーズとして万能だったのであり、今も多用されています。
 そして二〇二一年に行われた、東京2020オリンピック。大きな大会の時は、その後のアスリートの言語に影響をもたらす言い方が誕生する可能性があるので、私は楽しみにインタビューを見ていました。が、今回のオリンピックにおいて、日本選手が最も頻繁に使用していた言葉はさほど特徴的なものではなく、
「そうですね」
 だったのです。
「そうですね」は、質問に答える時、最初に言われる言葉です。我々は何かを語る時、いきなり内容に入るのではなく、「えーと」とか「あのー」といった、特に意味のない言葉をもってスタートさせがちですが、アスリートの世界では、それが見事に「そうですね」で統一されています。個性派をもって知られるアスリートもそうでしたし、インタビュー中に五つの質問が投げかけられたとしたら、その全てに「そうですね」を自動音声のように返す人がほとんどだったのです。
「そうですね」など、昔からアスリートは使用していた。古くは具志堅用高ぐしけんようこうさんが、
「ちょっちゅね」
 と言っていたではないか、という意見もありましょう。
 確かに「そうですね」はアスリートのみならず、誰もが会話の中でよく使用する言葉ではあります。とはいえ私的感覚ではありますが、今ほど「そうですね」がインタビューにおいて頻用されている時代はありません。
 今のアスリート達の「そうですね」の厳守ぶりを見ると、
「『えーと』や『あのー』は、聞き苦しいものです。インタビューに答える時は、質問を受けたらまず、『そうですね』と言うと、落ち着いて話すことができます」
 といった「自分の見せ方」についての教育が、どこかの時点でなされたように思えてきます。結果、「そうですね」を最初に言うという「そうですねファースト」がアスリート達に叩き込まれたのではないか。そして今回の東京オリンピックで「そうですね」が何百回、何千回と連呼されたサブリミナル効果によって、「そうですねファースト」はますますスポーツ界に広がっていくことでしょう。

1 2 3

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

関連記事

新刊紹介

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』など多数。

週間ランキング 今読まれているホットな記事