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酒井順子「言葉のあとさき」

「ね」には「ね」を

 いちいち「そうですね」を入れなくても、直接本題に入った方が聞きやすいのだから、無駄な「そうですね」は減らしてもいいのでは、とも思います。しかし、オリンピックに出場するような一流アスリートがここまで「そうですね」からのスタートにこだわるということは、この言葉を言うことによって、何か良いことがあるはず。
「そうですね」の「そう」は、相手の気持ちを肯定的に受け取りましたよ、ということを示す言葉です。同時に、「ちょっと考えてます」感を、醸し出す言葉でもある。
「今日、何食べたい?」
 と聞かれた時、
「肉!」
 と即答するよりも、
「そうねぇ、お魚というよりはお肉かな」
 などと答えた方が、ちょっとした迷いや、相手のことを慮る感覚などが滲み出るものなのです。
「そうですね」は、すなわち相手が言ったことを肯定しつつ、回答のために少しの猶予を求めるための言葉なのでした。だとしたらそれは、インタビューに答える時の最初の一言としてはうってつけ、と言うことができましょう。
 しかしアスリート達の受け答えを聞いていると、インタビュアーの質問を否定しているのに「そうですね」と答えるケースも、しばしば見られます。たとえば、
「今日は初めてのオリンピックの舞台でしたが、緊張したのではないですか?」
 という質問に、
「そうですね、全然緊張しませんでした」
 といった答えを返すケースがあった。
 この時、答える側には、「『いいえ、緊張しませんでした』と言うと、相手に悪いのではないか」という気持ちは、さほど無いのだと思います。アスリートの中には既に、「何かを聞かれたら、まず『そうですね』と言う」という勝利の法則が叩き込まれているので、その語の意味など、どうでもよくなっている。ほとんど反射的に、そしてお経を唱えるように「そうですね」は口から出てくるのではないか。
 これはまさにアスリート的、と私は思ったことでした。多くのアスリートは、プレイの前に、ルーティンと言われる決まった動作をするものです。テニスのナダル選手は、鼻や耳を触るといったルーティンが色々あることで有名ですし、野球のイチロー選手にしても、バッターボックスに立つ度に決まったルーティンがあり、その辺りがモノマネポイントにもなった。
 アスリートがルーティンを大切にする理由も、わかる気はします。スポーツは、いったん始まったらどうなるかわからない、まさに筋書きなど無い世界だからこそ、プレイの前には筋書き通りに物事を進めて、精神を落ち着けているのではないか。
 同じように「会話」にも、筋書きはありません。インタビュアーからどんな質問が飛んでくるかは、わかりませんし、数多ある言葉を自由に組み合わせて話すという行為は、実は非常に危険なプレイ。その危険さをコントロールするため、アスリートはルーティンとして「そうですね」と言うのかもしれません。
 アスリートにとってインタビューは、かなり重い負担でしょう。オリンピックでは、競技を終えた直後、まだ心身ともに全く落ち着いていない状態でいきなり、
「率直な感想を」
 などと問われるのです。
 何も話したくない時も、思いきり泣きたい時もあるだろうに、まだゼイゼイしているアスリートをカメラの前に立たせるその仕打ちは、残酷です。全力を出し切った直後に、「話す」という専門外のことをしなくてはならないのは、どれほどストレスであることか。
 かといって、どんなに悔しくても悲しくてもはたまた嬉しくても、うっかりしたことを言えば、たちまち叩かれてしまうのが、今の世。「面倒臭いなぁ」「くだらない質問してんじゃねえよ」といった気持ちは、おくびにも出してはなりません。
 そんな時に「そうですね」は、やはり便利な言葉なのでしょう。インタビューが嫌であっても、「そうですね」と言うことによって、インタビュアーの質問をまずは肯定し、ワンクッション置くことができる。アスリートにとって「そうですね」は、いつも一緒にいて精神を安定させてくれる、ライナスの安心毛布のような役割を果たすのかもしれません。
 ほとんど意味は持たないのになくてはならない、いわば無用の用を果たしている、インタビュー時の「そうですね」。オリンピックにおいて「そうですね」の連呼を聞いているうちに、私は「これは和歌における枕詞のようなものかも」とも思えてきました。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』など多数。

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