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酒井順子「言葉のあとさき」

「個人的な意見」という免罪符

 アズマの者としては、ぜひ真似したいと思うのですが、あいにくこちら方面には、良い言い回しが存在しません。そのまま言うなら、
「よく知らないけど」
 になりましょうが、どうも関東弁では収まりが悪い。関西では、「知らんけど」という短縮バージョンもあって、さらに便利に使用される様子が羨ましくてなりません。
「よう知らんけど」の代わりに、関東人は「私は断言していません」という言い訳用語を、会話文の中にまんべんなく盛り込み続けなくてはなりません。もちろん私もその一人で、思い起こせば小学生の頃から、先生に指されて答える時に、
「あのー、間違ってるかもしれないんですけどー」
 というフレーズを多用していました。
 絶対に正しいと思っているわけではありません。だから間違っていても許してください。……という予防線を張ってから問いに答えるという手段を、小学生の時分からとっていたのです。
 そのフレーズはクラスの中で大流行しており、そのうち先生もイライラしてきたのか、
「いちいちそれ言わなくていいですから。間違えてもいいので、思ったことを言いましょう」
 ということに。しかし「間違ってるかもしれないんですけどー」が禁止されてからも、断言することへの恐怖に耐えかねて、つい口走ってしまう人は後を絶ちませんでした。
 大人になってからは、人前で意見を言わねばならぬ機会も、増えてきます。そんな時は、
「間違ってるかもしれないんですけどー」
 などと言っていては、大人としての威厳を保つことができないわけで、私もいつも腐心するところなのです。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『処女の道程』『鉄道無常 内田百閒と宮脇俊三を読む』など多数。

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