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酒井順子「言葉のあとさき」

「黒人の人」と「白人」と

 敬称は、基本的には相手への敬意を表現するためのものです。が、同時にそれは、自分の周囲にバリアを張る役割をも担っています。他者を「さん」づけで呼べば、「さん」二文字分の心理的な距離が、相手との間には開く。敬称は、「私はむやみにあなたの陣地に入りませんから、あなたもこちらに入ってこないでね」という意思表明にもなるのです。
 今は耳にする機会が少なくなりましたが、昔は「外人さん」という言葉がよく使われていました。今は「外人」という言葉自体が差別語的扱いとなっており、会話では使用されても、活字や放送では見聞きしなくなっています。「国」を入れて「外国人」とするのが、あらまほしき言葉である模様。
 今よりもずっと外国人が珍しかった頃、日本人は外国人を見ると、ガイジンガイジンと騒いでいました。「外人」は、見た目がそれとわかる人、特に白人系の人に使用されるケースが多かったようです。
 白人に弱い日本人ですから、差別的な意味合いを含めて「外人」を使用するケースは少なかったはずです。あまりにも自分達とかけ離れた存在である「外人」に対する憧れや、どう相対していいものかわからなすぎるという困惑が、「外人」という表現にはたっぷり含まれていたのです。
 しかし、のべつまくなしに「外人」と言われる外国人の側では、それは不快に聞こえる言葉となりました。言われる方が不快さを感じれば、それは使用を控えるべき表現となるのであり、かくして日本の活字や放送から、「外人」という言葉は消えたのです。
 極めて均質性が高い社会に生きているが故に、外国人を見るだけで、
「ガイジンよ」
「ガイジンだ」
 とささやかずにいられなかった、かつての日本人。勇気のある人は、
「英会話を教えてください」
 と通りすがりの外国人にぶつかり稽古を申し込んだり、どこの誰かもわからない外国人にサインを求めたりもしたのだそう。そんな日本人が愛おしくまたかなしくて私はキュンとするのですが、その頃にはやはり「呼び捨ては乱暴」という意識から、「外人さん」と言う人がいたのです。
 その「さん」には、複雑な心理が込められていたことでしょう。多文化共生などという言葉は影も形もなかった時代、自分達とは全く異なる風貌で、自分達よりも先進的な生活をしているらしい「外人」に対する尊敬や畏怖、そしてちょっとした好奇心や親しみがこの「さん」からは感じられ、私は「外人さん」という言い方は、決して憎むことができなかった。「外人」と言われることに不快な気分を覚える外国人達にも、この「外人さん」のニュアンスは、わかっていただきたかったものです。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』など多数。

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