よみタイ

酒井順子「言葉のあとさき」

「卒業」からの卒業

 「別れ」や「終わり」には、傷がつきもの。どうせ相手を傷つけるのであれば、じわじわとでなくスパッと真実を切り出した方が、傷の治りは早いし、切り出す側の保身感も漂いません。「相手への思いやり」と称して曖昧で聞こえの良い言葉を使用することは、最終的な理解と判断は相手に任せるという、責任放棄でもあります。しかしそれがわかっていてもストレートな物言いをどうしてもできないのが、我々なのです。
 就職活動における不採用通知のメールは「今後のご活躍をお祈り申し上げます」といった文章で締めくくられていることから「お祈りメール」と言われています。そこでも、「採用を見送る」とか「ご縁がなかった」といった言葉で、「当社はあなたを必要としていません」という結果が告げられるのでした。それは就活生を傷つけないための配慮であるわけですが、お祈りメールが度重なると、それが慇懃な言葉遣いであればあるほど、就活生の心の傷は深まることになる。
 「ご縁」もまた、出会いと別れのシーンにおいては、非常に便利に活用される言葉なのでした。「ご縁があった」「ご縁がなかった」と言われてしまえば、詳しい背景など一切説明されずとも、私達はその結果に納得せざるを得ません。日本人にとって「縁」とは、人為の結果ではなく、天の配剤ですから、「ご縁」を持ち出されると、反論のしようがないのです。
 そんなわけで、「ご縁」は我が国最強のお別れワード。‥‥であったのですが、「卒業」は今、それに代わる勢いを持つようになりました。縁を切りたい相手に「卒業」を言い渡せば、「あなたと別れたいわけではありません。新しい世界へ旅立っていくあなたの背中を押してあげたいだけなのです」といったほんわかムードが漂うのですから。
 「卒業」のブームは、人生百年時代とも関係しているのかもしれません。寿命が長くなったことにより、人は何歳になっても、延々と人生を充実させ続けなくてはならなくなりました。その時に「卒業」は、使い勝手の良い言葉。
 最近は定年退職した人が、
「○○年勤めた○○社を、卒業しました!」
 などとSNSで宣言するケースも、しばしば見られます。「卒業」は、その先に何か新しい展開があることを予見させる言葉であるからこそ、人生百年時代の定年シーンでは「定年」も「退職」も「リタイア」も使用しないで「卒業しました!」となるのでしょう。会社を「卒業」した定年者は、新たな世界へ羽ばたく気が満々なのです。
 このまま行くと、死もまた「人生からの卒業」ということになっていきましょう。本人が死んでしまえば、自身がSNSで人生からの卒業アピールをすることは叶いませんが、遺族が「○○は、97年の人生からこの度、卒業いたしました」などと表現しそう。
 とはいえそうなると、我々はいつになったら「卒業」から卒業することができるのか、という心配も湧いてくるのでした。何かを終える度に「終わりではなく、これは卒業なのだ」と言い張ることが、実は人間にとってもっとも大それた「永遠への挑戦」なのかもしれず、卒業輪廻の世界からいい加減に足抜けしたい気分になってくるのでした。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』など多数。

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