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酒井順子「言葉のあとさき」

「活動」の功と罪

 異性と自然に出会って恋愛し、男性側から望まれて結婚するのが女のあるべき姿、という認識が、日本にはそれだけ浸透していたのです。だからこそ女性は、「結婚したい」という希望などおくびにも出さずに男性の外堀を静かに埋めたり、男性を結婚へ導くべく、巧妙に動かなくてはならなかった。
 しかし「婚活」という言葉が人口に膾炙かいしゃしてからは、結婚への希望を、人は素直に表明することができるようになりました。
「今、婚活中なので、誰かいたら紹介してください!」
 とか、
「婚活しようと思ってるの」
 などと、気軽に口にすることができるようになったのです。
「婚活」という言葉の登場前も、お見合いや結婚相談所への登録といった、結婚へと直結する「活動」をする人達は、もちろん存在しましたが、そんな男女は、活動を他人には知られたくないという気持ちから、コソコソと動いていたものです。しかし「婚活」の登場によって、人はその手の「活動」を堂々とするように。
「婚活」の広がりによって、他の分野でも「活動」という言葉が使用されるようになってきました。たとえば、結婚後も自然に妊娠・出産できる人ばかりではないのだからして妊娠のためには「妊活」が必要だ、とか。無事に子を産んでも安心はできず、出産後は保育園に入れるための「保活」が待っている、とか。はたまた高齢者にとっては、死の前から「終活」をしておくことが、跡を濁さずに旅立つためのマナーと化しました。
 このような「活動ブーム」が来る前に20代、30代という人生の生々しい時期を過ごした私は、今までたいした活動履歴を持っていません。せいぜい学生時代のクラブ活動、そして大学時代の就職活動を経験した程度なのです。
 そんな私が改めて「活動」とは何かと考えてみれば、何かのために自分から積極的に、そして激しく動く、といったイメージ。「火山活動」とか「スパイ活動」といった言葉から想像しても、「活動」とは、かなりアグレッシブな雰囲気を持つ言葉です。
 活動ブームを見ていると、「昔はさほどの苦労をせずとも、皆がしていた/できたこと」が、今やそうではなくなったため、わざわざ「活動」をしなくてはならなくなったことが理解できます。
 結婚、妊娠・出産、そして死ぬことなどは、「未知なる世界に飛び込む」ということでもあります。そこには大きな機動力が必要であるからこそ、昔は「他者がどうにかしてくれる」ものでした。
 結婚であれば、戦前は7割程度が見合い結婚。子供の結婚は、親の仕事だったのです。そうでなくとも、親戚や近所の世話焼きおばさんに職場の上司といった人々も、結婚制度からこぼれ落ちそうになる人に対して、セイフティーネットとして待ち構えていました。
 しかし戦後、恋愛が解放されて「見合い結婚はダサい」ということになると、結婚は誰かが「させてくれる」とか「させられる」ものではなくなり、自分で「する」ものとなりました。結婚へ結びつく恋愛を首尾よくできた人はいいものの、そうでない人も大量に出てきたので、「婚活」という言葉が開発されました。
 妊娠・出産もまた、かつては「授かりもの」という認識で、受動的に捉えられていました。子供に恵まれない夫婦は、子宝に効くという神社や温泉に行くなどして、「赤ちゃんを授かりますように」と祈ったのです。
 しかし今は医療の発達のせいで、子宝系の神社や温泉に頼る人は激減。本当に子供が欲しいのなら、行くべき場所は神社ではなく病院なのであり、子供は「授かる」ものでなく、自分で努力して「つくる」ものになったのです。
 そして、死。こちらも昔は、寿命を迎えた人は、子や孫の世話になってあの世に送り出されていました。葬式等は集落の重鎮や近所の人が、よってたかってしきたり通りに済ませてくれた。

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酒井順子

さかい・じゅんこ●1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』など多数。

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