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加門七海「着物憑き」
あの世とこの世のあわい。
幼いころからそれを感じ取る加門氏は、
ここ数年で、着物を身にまとう機会が増えた。
それは「夢中」を通り越し、まるでなにかに
「取り憑かれた」かのように……。
着物をめぐる、怪しく不思議なエッセイ。

足袋(一)

 遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
 お正月といえば、晴れ着で初詣。
 着物好きにとっては、着るのも見るのも楽しい時期ではあるけれど、少し違う話がしたい。
 なぜなら本年(二〇一九)一月六日に、部分日蝕があったからだ。
 いきなり無関係な話題で恐縮だけど、その日、私は戦々恐々としていた。
 日蝕と月蝕には恐怖しか抱かないからだ。
 ゆえに、見ない。光も浴びない。
 日蝕が観測できるのは、日本では数年ぶりということで、天文ファンにとっては嬉しいイベントだったに違いない。
 だが、日蝕月蝕の「蝕」は「蝕む」だ。
 つまり、日蝕は大いなる力の源である日輪が、時ならぬ闇に蝕まれていく現象となる。
 太陽は天帝、即ち天皇の象徴でもある。それが蝕まれて欠ける異常事態を、いにしえの人は不吉とみなした。
 陰気の象徴である闇は、わざわいを招き、厄を呼び寄せる。
 そのため、古代の皇族や貴族たちは日蝕のときは屋内にもり、また、外では松明を明々と照らし、厄を祓う弦打つるうちを絶やさず、少しでも闇を減らして禍を減じようとしたのである。
 無論、現代においての日月蝕は、珍しい天体ショーのひとつに過ぎない。
 日蝕は月が太陽の前を横切るために、月によって太陽の一部が隠れる現象。新月に起きる。
 月蝕は太陽と月の間に入った地球の影により、月が欠けて見える現象。こちらは満月のときに起きる。
 理由は解明されている。
 だから、恐れることはないというのが常識的な意見だが、果たして本当にそうなのだろうか。
 神経質になるには、理由がある。
 去年、二〇一八年一月三十一日は皆既月蝕だった。
 食の始めは二十時四十八分。最大は二十二時二十九分。終わりは二月一日零時十一分。
 その晩、私は外出していた。
 友人たちとの新年会だ。
 月蝕があるのは知っていたが、会食が夕方からだったことに加えて、場所が自宅から近かったため、最悪、月蝕が始まってもタクシーで帰ってしまえばいいと考えていた。
 しかし、見込みは甘かった。二次会を断れなかったのだ。
 もうこうなったら、午前様になるまで飲んで騒いでいるほうがいい。私はそう計算したが、これもまた予想に反して、二次会は十時過ぎにお開きとなった。
 店から出て空を仰ぐと、漆黒の空に凄惨な暗褐色の月が掛かっていた。
 今まで月蝕を忌避してきたのは、単純に頭でっかちの迷信深い心からだった。
 ゆえに万が一、月蝕を目にすることになったとしても、実際は「見ちゃった」程度で済むだろうと思っていた。
 だが、ただれたような月を見て、私は襟足がそそけだつ恐怖を覚えた。
 やはり、見るべきではなかった。
 しかし、既にすべては手遅れだ。
 私は急いで家に帰って、それこそ迷信深い心のままに、お祓いをして布団に入った。
(運気が下がったりするのかしら)
 そんなことを思いつつ……。
 閉じた瞼を上げたのは、眠りに落ちる前だった。
 部屋の空気が変わった気がして、私は布団から半身を起こした。
 明かりがあると、眠れない。ゆえに、寝室は真っ暗だ。
 その空間の天井辺りを、淡い光をまとった何かがよぎった。(つづく)

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加門七海

かもん・ななみ●東京都生まれ。多摩美術大学院修了。学芸員として美術館に勤務。1992年『人丸調伏令』で小説家デビュー。日本古来の呪術・風水・民俗学などに造詣が深く、小説やエッセイなどさまざまな分野で活躍している。ひとり百物語を特技とするほど、豊富な心霊体験を持つ。また、オカルト・ルポルタージュでも注目を集めている。著書にエッセイ『うわさの神仏』『うわさの人物』『猫怪々』『お祓い日和 その作法と実践』『鍛える聖地』『大江戸魔方陣』『もののけ物語』『たてもの怪談』、小説に『祝山』『目嚢』など多数。

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