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甘糟りり子「甘糟りり子の鎌倉暮らしの鎌倉ごはん」
ファッションやクルマなどのトレンドをリアルに映した小説やコラムが人気の作家、甘糟りり子さん。食通でもある甘糟さんが、鎌倉に暮らすからこそ知る本当にオススメの鎌倉のお店を独自の視点で綴ります。知る人ぞ知る良店が数多く登場。鎌倉へ出かけたくなるエッセイです。

時の流れを引き継いで生まれた、緑豊かな一軒家のカフェ【ガーデンハウス】

穏やかな海と、鳥たちが憩う山に囲まれた鎌倉は、その静かでゆったりとした環境から、古くから文人たちが家を構える場所でした。この地にはそうした文人たちのかつての家を受け継いで営業している飲食店がちらほらとあります。今回ご紹介するのはそんなお店の一つ。緑豊かなテラスでのランチや、一軒家ならではの空間でいただくディナーは、都会にはない贅沢な時間を感じることができます。

時の流れを引き継いで生まれた、緑豊かな一軒家のカフェ

 ある夏の日のこと。友人であるインテリア・デザイナーの森田恭通さんから連絡があった。

「浜辺でのBBQに誘われて鎌倉行くから、その前にお茶しようよ。鎌倉は全然わからないからどこか案内して」

 こういう時、原稿もほっぽり出して張り切ってしまう。せっかく東京から小一時間かけて来るのだから、鎌倉にしかない個性を知ってもらいたいのだ。その上、相手がスタイルやセンスで仕事をしている人なら尚更である。鎌倉やるじゃん!と思ってもらいたいわけ。

 売れっ子の森田さんは関西出身、かつてはシャンデリアーノ森田なんてあだ名もあって、手がけたレストランやバーはキラキラした空間が多く、時としてデカダンスを体現したような店もある。そんな彼にははなやかな都会とは全く別の空気が流れているところがいいだろうとあれこれ思案して、いくつかの店名が頭に浮かび、私はガーデンハウスを選んだ。

鎌倉駅からまっすぐ延びる県道沿いにあるが、入り口の小道を入れば、そこはもう静かな別世界
鎌倉駅からまっすぐ延びる県道沿いにあるが、入り口の小道を入れば、そこはもう静かな別世界

 ここは森の中にいるような空間。ふんだんな緑に囲まれた広い敷地内に建つカフェ&レストランだ。席数の半分近くはテラスになっている。駅からほど近い大通りにはさりげない看板と入口があるだけで、奥に進むと、広々とした空間が広がる。

 八月の週末、広い店内は浮き足立ったざわめきが満ちていた。

「へえ、こんなとこがあるんだねえ」

 シャンデリアーノ森田はそういい、興味深そうに辺りを眺めてから、モエ・シャンドンのボトルを注文した。初めて行った店でもまずボトルのシャンパーニュを注文するというのが、彼のスタイルである。

入り口近くには雑貨を売っている。この場所は、かつての横山邸の二階に上がる階段があったという
入り口近くには雑貨を売っている。この場所は、かつての横山邸の二階に上がる階段があったという

 私は金色の泡が行き来する細長いグラスを手にしたり顔で、ここが昭和を代表する漫画家の横山隆一氏の邸宅だったこと、そこが文士たちの社交の場であったこと、アトリエ部分を取り壊さずにリノベーションをしてガーデンハウスになったことなんかを語った。『ふくちゃん』という氏の代表作についてもかなりの知ったかぶりを披露したはずだ。同作は私が子供の頃に毎日新聞で連載されていた漫画で、正直なところ同時の記憶は曖昧なのだけれど。

 酔いも手伝って、まあ語る語る。

「ここに来る度に、なんでもかんでも新しくすればいいってもんじゃないなあと思うんだよね。だからといって価値のあるものを受け継いでいることを声高にいわないのも大切だし(どーたらこーたら、以下自粛)」

 店舗の専門家に対して、よくもまあ…。今になって自分のあつかましさに恥ずかしくなる。でも、森田さんはにこやかに耳を傾けて、こういった。

「そういうのが鎌倉の個性なんだろうね」

 小一時間、おしゃべりと情報交換をしてから、由比ヶ浜のビーチに向かったのだった。

ありし日の、横山邸の庭に生えていた大木がそのまま生かされているテラス
ありし日の、横山邸の庭に生えていた大木がそのまま生かされているテラス

 鎌倉駅西口から歩いて2分、市役所のはす向かいで紀ノ国屋の裏手というロケーションである。編集者との打ち合わせ、母や友人との待ち合わせ、買い出し後の休憩など、さまざまなシチュエーションで足を運んでいる。朝食を食べに行くこともあるし、夜の早い鎌倉でラストオーダーが21時というのも助かる。本当に使い勝手のいい店なのだ。

 私が好きな席はベンチシートのキッチンのそば。座り心地がいいし、キッチンの活気が漂ってきて楽しい。話し込むにはもってこいだし、本を読んだりパソコンを開いたりするにもいい。混んでいない時間帯の時は、あらかじめここをお願いすることも多い。

 広いテラス席の他、奥には小さな部屋もあって、変化の多い作りのせいか、100席以上あるけれど雑なオオバコ感がない。

ベンチシートは壁際に設置されている。庭に近いガラス窓ぎわのテーブル席も人気
ベンチシートは壁際に設置されている。庭に近いガラス窓ぎわのテーブル席も人気

 小さな部屋は、ふだん通常の席として使われているが、頼めば貸切りもできる。父の三周忌の時、ここに集まった。ガーデンハウスがオープンした12年の秋、父はもう外出するのが億劫になっていて、一緒には来られなかった。亡くなったのはその一年後だ。元気な頃にこの店があったらきっと気に入っただろうなあと思い、法要に不釣り合いなことは承知で思い切った。店側には、事前に喪服の老若男女がぞろぞろ出入りするけれど大丈夫かと問い合わせたら、快く受けてくれた。お墓参りの帰り、親戚一同でパンケーキやピッツァを頬張った。形式ばったことが嫌いで、カジュアルな空間が好きだった父はきっと喜んでくれただろう。

 私がこのお店を大好きなのは、雰囲気だけではなく料理がおいしいから。メニューは、ピッツァやパンケーキ、フライドチキンにシーザーサラダなど。こうして書くと、雰囲気優先のカフェご飯屋さんと勘違いする人がいそうだけれど、ちゃんとおいしい。口にすれば、どれもプロフェッショナルが手をかけて作っていることがわかる。そして、この店にしかない「味」がある。アリス・ウォーターの【シェ・パニース】に近いイメージと言ったらいいだろうか。

「開店時、地元の企業と繋がれるメニューを出したいと思った」ということから生まれた『厚切り鎌倉ハムステーキ ハニーマスタードソース』2,400円。グリルで焼くと、リブロースの脂身がよりおいしくなるそう
「開店時、地元の企業と繋がれるメニューを出したいと思った」ということから生まれた『厚切り鎌倉ハムステーキ ハニーマスタードソース』2,400円。グリルで焼くと、リブロースの脂身がよりおいしくなるそう

 鎌倉ハム富岡商会と提携していて、【ガーデンハウス】にしかない手作りのロースハムがある。ハムが特別好きでもきらいでもなかったのだけれど、ここの『ハムステーキ』でハムっておいしいものだと思うようになった。

 初めて訪れた友人によく勧めるのはピッツァである。生地はもちもちのタイプ。『ポモドーロ』などの定番のほか、春菊だったりキノコだったり、季節の具材をのせたピッツァも楽しい。釜揚げしらすと焦がしバターなんていうのもある。

定番のピッツァ『ポモドーロ』1,800円。ガス窯で焼く人気のピッツァは全部で5種類。「老若男女誰もがおいしいとおもってもらえるメニューにしています」と店長
定番のピッツァ『ポモドーロ』1,800円。ガス窯で焼く人気のピッツァは全部で5種類。「老若男女誰もがおいしいとおもってもらえるメニューにしています」と店長

 ガーデンハウスはすっかり鎌倉に定着して、人気ゆえにしょっちゅう行列ができてしまう。できるなら、こういう空間が並ばずに予約もしないでふらっと行くのが似合うんだけどなあ。贅沢な悩みである。

●ガーデンハウス

住所:神奈川県鎌倉市御成町15-46
電話: 0467-81-5200
営業時間:9:00~22:00(L.O.21:00)
定休日:不定休

記事元:ヒトサラマガジン https://magazine.hitosara.com/article/1637/

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甘糟りり子

あまかす・りりこ●作家。1964年横浜生まれ。3歳から鎌倉在住。都市に生きる男女と彼らを取り巻く文化をリアルに写した小説やコラムに定評がある。近著の『産む、産まない、産めない』(講談社)は5刷に。そのほか『産まなくても、産めなくても』(講談社)など現代の女性が直面する岐路についての本や、鎌倉暮らしや家族のことを綴ったエッセイ『鎌倉の家』(河出書房新社)など好評発売中。

ヒトサラマガジン編集部

※甘糟さんの本連載は、新たな食の愉しみ方を提案するウェブマガジン『ヒトサラマガジン』にて好評連載中です。過去のバックナンバーもこちらからご覧ください。

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