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内閣の「孤独・孤立対策」は若年性孤独者たちに届くか 第9回 現代の隠遁者たちの見えない本音

 例の孤独・孤立対策担当室では、「あなたはひとりじゃない」というウェブサイトを作り、孤独に悩む人の原因別に、様々な支援制度や相談窓口を紹介しています。孤独を感じたら自分でサイトを見て、相談できるところを探してくださいね、ということで、マーケティング用語で言うところの「プル型」、つまり当事者からの接触を待つ形の対策となっている。
 内閣府としてもおそらく、若年性孤独に悩む人の事情に配慮しているのでしょう。一人暮らしのお年寄りであれば、自身の寂しさを自覚しているので、見回りサービス等、当事者のところまで出かけていく「プッシュ型」の孤独対策も、素直に受け入れる。対して若年性孤独を抱える人は、自分でそちらを選んだということになっているが故に、
「あなた、寂しいですよね? 何かお手伝いしましょうか?」
とズカズカ来られることを嫌うだろう。……ということで、プル型対策が取られているのではないか。
 ちなみに今年からは、一部の携帯電話会社で使用料の支払いが遅れた人に、SMSで「あなたはひとりじゃない」のサイトの案内を送るというプッシュ型の発信も行っていくのだそう。いきなりその案内が送られてきた時、若者達はどう反応するのか?
「孤独は、人の心身を蝕みます。だから孤独は撲滅しなくてはならないのです」といった強い姿勢ではなく、「あなたには孤独でいる権利があります。でも万が一、孤独でつらいと思っているならば、相談できるところがありますよ」といった優しい姿勢で、孤独な人をそっと包み込もうとしている現代社会。その気の使い方は、「ひとり」という言葉の使われ方を見てもわかるのでした。
 私は「一人」と書きがちなこの言葉ですが、世の中では「ひとり」と、ひらがなで書かれることが多くなっています。内閣府のサイト「あなたはひとりじゃない」にしてもそうですし、「おひとりさま」という言葉にしても然り。
 ひらがなの方が柔らかなイメージがあるから、ではあるのでしょう。文字が持つ意味のエッセンスが詰まっている漢字で「一人」と書いてしまうと、「一」という文字から寂しさが匂い立ち、孤独で悩む人や独身者に、
「たった一人で生きている」
 という事実を突きつけるかのよう。内閣府においても、
「『あなたは一人じゃない』って書いたら、一人で生きている人は傷つくんじゃないか?」
「そうですね、ここは『ひとり』にしておきましょう」
 などと話し合われたに違いありません。
 最近は、このように言葉狩りに遭う前に自主的に刈り取っておくという行為が目につくのですが、このままで行けば、「孤独」という言葉もそのうち、使われ方が変わってくるのかもしれません。
「『孤』と『独』って、字面がキツすぎると思うんですよね」
「かといって『ぼっち』って書くわけにも‥‥」
「『こどく』? 『ロンリネス』? 何か言い換えを考えないと、孤独な人が傷ついてしまう」
 などと、すでに落とし所を探っている人がいるのではないか。
 このように、「ひとり」でいる「こどく」な人は、周囲から優しく優しく心配されているのでした。孤独でいる権利は認められながらも、一方で国は、孤独が原因となって発生する様々なリスクを危惧しています。かつては、看護も介護も看取りも、全て家族のメンバーでしていたものが、今や大量の単身者が、「どうやって人生の終わりを一人で迎えようか」と右往左往しているのですから。
 非・孤独な人生を歩んできた人々は、そんな孤独者達を見て「よかった、私は孤独じゃなくて」と思うのかもしれませんが、決してそのようなことを口に出してはならないのが、今のご時世。孤独な人が差別されない世の中にはなったものの、孤独者と非・孤独者の間の距離は、どんどん離れていく気がしてなりません。
 
 

 

 

*次回は4月7日(金)公開予定です。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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