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ワールドカップサッカーで再認識した「頭脳」や「権力」をしのぐ力とは 第7回 『ドラえもん』が表す子供社会格差

 今、「順位をつけない運動会」といったことを行う学校があるのだそうです。運動が苦手な子達がかわいそうだからと、徒競走などの競技で勝敗や順位がつかないようにしているのだそう。
 そんな学校にたまたま入ってしまった「力」を持つ子は不幸であると、私は思います。勉強は嫌いだが運動が得意な子供にとって運動会は、学校生活で最高の舞台。そこで得た自己肯定感が、その子の一生を支えるかもしれません。
 だというのに「順位も、勝ち負けもつけません」となったら、その子はどうなる。この先、上の学校に進む時も就職をする時も、勉強による順位づけは当然のように延々と続くというのに、運動による順位づけだけが「かわいそう」となるのは、「勉強が嫌いな子よりも、運動が嫌いな子の方が大切」という感覚があるからではないのか。
 今、優劣や勝敗や順位の「見えない化」が着々と進行しています。徒競走の時に全員で手をつないでゴールするというのは、その一つのあらわれでしょう。
 しかし「見えない化」を進めても、一枚めくれば、その下には明確な勝ち負けや順番が存在しています。勝負の「見えない化」は、世の理不尽さをも見えなくしてしまうのではないか。
 ワールドカップやオリンピックへの日本人の熱狂ぶりからは、人々が本当はいかに勝ち負けをつけることが好きなのかが感じられるものです。試合に負けた選手達は今にも切腹しそうですし、遠い開催国までわざわざ出向いて応援歌を歌い続ける人々の顔は、かつての軍国少年のように猛々しいのです。
 力と力でぶつかり合う勝負は、人間にとって麻薬のような魔力を持っているのであり、勝利がもたらす歓喜も、敗北による悲哀も、我々にうっとりとするような陶酔を与えてくれます。その欲求を野放しにしてしまうと、やれ喧嘩だ戦争だときな臭いことになってしまうので、ルールを定めたスポーツという範囲の中だけで、人々は勝負というレジャーを愉しむことにしたのではないか。
 ワールドカップやオリンピックで巨額の金が動くのも、スポーツが合法的な麻薬のようなものだと考えれば、納得がいくものです。「勝ちたい」「相手を倒したい」という禁断の欲求を、思う存分放出してもよし、とされているのがその手の場であり、欲求が集まる場所には金も集まるのですから。
 アスリートはそんな場において、スターを通り越して、神聖な存在となります。勝利を熱望する国民は、彼らに対して手を合わせて祈りを捧げるのであり、欲求が叶えられれば、アスリート達は神と化す。
「神」の影には、しかしそうなれなかった多くの人々のしかばねが累々としています。小学生の時は、多くの男児が「なりたい」と思っていたサッカー選手になれるのはごく一部で、ワールドカップで活躍できるのはその中のさらにごく一部。……ということで、「力」で生きたいという夢を持つことは、実は危険な賭けなのでした。
 のび太をいじめるジャイアンは果たして、大人になってその「力」を、どのように生かしていくのでしょうか。柔道でオリンピックに出て金メダルを取りたいっす、という夢は叶う確率が高いとは言えないけれど、しかし当たれば大きい。夢を捨てずに、頑張れジャイアン!

*次回は2月3日(金)公開予定です。

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新刊紹介

酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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