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ワールドカップサッカーで再認識した「頭脳」や「権力」をしのぐ力とは 第7回 『ドラえもん』が表す子供社会格差

 このようにスポーツは、子供の頃に「力」を持って輝く子供たちにとっての、希望の道です。小学生が将来なりたい職業のランキングは各種ありますが、いずれを見ても男子小学生のベストテンの上位に、「サッカー選手」と「野球選手」が入っている。「ユーチューバー」や「ゲームクリエイター」がベストテンに入ってこようと、スポーツ選手になりたいという男子小学生は常に高い割合で存在し続けているのであり、昔も今も少年達は、「力」で生きる道を夢想しているのです。
 対して女子のランキングを見ると、ベストテンにスポーツ選手は入っていません。男子サッカーや男子野球ほど派手に活躍できるスポーツは女子では少ないのであり、ほとんどの女性は子供の頃から、力で生きていこうとは思っていないのでしょう。
 では女子児童達は何になりたいのかというと、保育士、学校の先生、医師、看護師など、資格もの職業が、男子に比べて多くランクインしているのでした。女児の方が男児に比べると早く大人びるものであり、だからこそ「女が生きる道は男よりも厳しいのだから、一生食いっぱぐれのない資格を持っていた方がいい」と、現実的に考えるのかもしれません。
 資格を求める女児と、夢を求める男児。……というわけですが、男児達はプロスポーツ選手の華やかな生活にも憧れていることでしょう。マスコミに注目され、収入は高く、アナウンサーやモデルと結婚し、海外に移籍してワールドカップやWBCに出場するアスリートは、芸能人よりも眩しい存在なのです。
 たとえばサッカーでワールドカップに出場した日本代表は、日本中の人々を喜ばせたり悲しませたりするのであり、これはアスリートでないとできないこと。政治家がサミットに参加して充実した話し合いをしたとしても、国民は興奮しません。日本人がノーベル賞をとるともちろん皆が喜ぶものの、とはいえほとんどの人は、受賞者がどのようにすごいのかがよくわかっていない。ワールドカップで日本選手がゴールを決めた時のような、老若男女が思わず手を叩き快哉を叫ぶような興奮は、もたらされないのです。
 肉体的な「力」を持つ人たちはこのように、時に「頭の良い人」や「権力を持つ人」、はたまた「金を持つ人」等をはるかに凌駕する、強力な輝きを放つのでした。それは、「力」を持つ人の中でもごく一部の人だとはいうものの、自らの「力」を鍛え上げて咲き誇る人々の前では、多少の頭脳や権力や金などは霞んでしまう。
 もしも長嶋茂雄さんや王貞治さんが亡くなられたとしたら、日本は喪に服すかのような状態になるに違いありません。今こそ国葬をしてほしい、という声も上がることでしょう。政治家や学者が亡くなった時とは比べものにならない悲しみが日本を覆うことが想像されるのは、肉体的な「力」をスポーツの世界で生かしきった人々は、時代の記憶をも作るからなのだと思う。

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新刊紹介

酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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