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ワールドカップサッカーで再認識した「頭脳」や「権力」をしのぐ力とは 第7回 『ドラえもん』が表す子供社会格差

 今となっても、その感覚は存在し続けているのであり、女が言葉で歯向かってきたなら、男は相手を殴れば勝つことができます。技術が発達し、力仕事の必要性が激減した今の時代になっても、男性から暴力を受けたり、時には殺されたりしている女性は後をたちません。国家間の喧嘩である戦争などはそう簡単に始められない今の時代、「力」によって相手を服従させるという原始的な関係性が最も色濃く残っているのは、男女の間なのではないでしょうか。
 原始の時代、力の強い者から虐げられていた脆弱な人々は、さぞや怒りを募らせたことでしょう。しかし、次第に様々な道具や貨幣が登場することによって、肉体は脆弱でも頭の良い人が台頭するようになってきました。
 優れた道具は、自分の筋力以上の仕事を人にさせてくれます。また貨幣があれば、自分で狩猟や農業をせずとも、他人を雇って肉体労働をさせることができる。「金」を持つスネ夫が、賃金を支払ってジャイアンを雇用することができるのであって、そうなったらジャイアンは、雇用主であるスネ夫を殴ろうとはしないことでしょう。
 科学技術や貨幣制度の発達により、ジャイアン的「力」の価値はぐっと下がりました。「力仕事」は、いくらでも替えがきく仕事。対して頭脳労働は、その人でないとできない仕事。……ということで、「頭の良い人」に「力の強い人」は支配されるようになったのです。
 では今、「力」を持つ人々は交換可能な労働力としてしか存在し得なくなったのかというと、そうではありません。肉体的な「力」が、「その人でないとできない」資質として強い光を放つ場として残されたのが、スポーツの道なのです。
 たとえばジャイアンが、粗暴なまま中学生になり、その馬鹿力を見込まれて不良グループに入ってしまったら、将来は暗いものとなってしまいます。しかしジャイアンの馬鹿力を、柔道部顧問の先生が目に留めたとしたら、どうでしょう。畳の上で自らの才能を開花させたジャイアンは、もしかするとオリンピックに出場して、金メダリストになるかもしれません。
 オリンピック優勝後は、その磊落なキャラクターがウケて、テレビのバラエティ番組にも登場するジャイアン。明石家さんまや浜田雅功から、
「何を言うてるんや剛田は〜」
 などと親しげに言われることにいい気になって道を踏み外す、という可能性もあるものの、その辺りさえ気をつければ、将来は全柔連やJOCの偉い人になる可能性もあるのです。

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新刊紹介

酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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