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ワールドカップサッカーで再認識した「頭脳」や「権力」をしのぐ力とは 第7回 『ドラえもん』が表す子供社会格差

 では「力」や「金」がものをいう子供社会の仕組みは、その後どうなっていくのでしょうか。子供の頃に目立っていたジャイアン的「力」持ちや、スネ夫的「金」持ち達は、大人になってから開かれる同窓会において、往往にして目立ちません。子供時代のヒエラルキーは、大人になるにつれて激変。「勉強」という新たな物差しの重要性が増大することによって、下克上が起こるのです。
 いや「金」は何歳になってもパワーの源となるだろう、という話もありましょう。もちろんそうなのですが、子供であるスネ夫の「金」は、親の金です。スネ夫の年頃を考えると親もまだ若いでしょうから、祖父母の金と言ってもよいかもしれません。
 となるとスネ夫は、骨川家(スネ夫の本名は「骨川スネ夫」)の財産を上手に継承する必要に迫られます。経済力を持つ家庭では、教育にお金をつぎ込むことによって、子供の階級転落を防止しようとしますが、スネ夫はジャイアンやのび太といった、勉強が得意ではない友人とツルんでいます。この状況が続いたとしたら、彼は中学受験をする気になるのか。スネ夫が親の経済力を継承しようとするなら、学力、人望共に今ひとつである現状のままでは先行きは暗いわけで、今後の努力が必須となってきましょう。
 スネ夫の「金」よりも価値の変化が激しいのは、ジャイアンが持つ「力」です。それは、しずかちゃんが持つ「美」という価値と同じくらい、経年劣化しやすいもの。すなわち、若いからこそ維持できるものなのですから。
 ジャイアン的な人物は、大人になってから同窓会にずっと顔を出さないケースも多いものです。そのうち居所もわからなくなっていて、
「剛田(ジャイアンの本名は『剛田武』)? 前、どっかでティッシュ配ってるのを見たけど、声かけられなかったよ」
 ということにもなりかねない。
 とはいえこの世において、肉体的な「力」は、決してあなどることはできない資質なのでした。暴漢に襲われた、地震で家が崩れた、といったいざという時に頼りになるのは、文弱の徒ではなく、力持ち。ただし問題は、力が生かされる「いざ」という機会は極端に少ない、ということです。
 人間がもっと原始的な生活をしていた頃は、今よりもずっと「力」が重視されていたことでしょう。住む場所を作るにも食べ物を手に入れるにも、まず必要なのは「力」。獲物を捕獲するにしても、走るのが速い人、膂力の強い人がより多くの獲物を捕り、肉体的能力が低い人よりも発言力が強くなったのではないか。
 今に続く男女間の格差も、その大もとには肉体的な「力」の差があるように思います。
男よりも身体が小さく筋力も弱い女は、力仕事には不向きです。となれば「力」が今よりも重視された原始の時代から、男が「上」的な感覚はあったことでしょう。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。

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