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酒井順子「消費される階級」

「差」はあってはいけないものか 第1回 「違い」と「差」のちがいって?

 その背景には様々な要因があるのでしょう。
 ポリティカル・コレクトネスの風は二十世紀から少しずつ吹いていましたが、この頃になると次第に強まり、使わない方がよい言葉、というよりも実質的に使用できない言葉がどんどん増えています。そのスピード感は今もなお加速しているのであり、たとえば二〇〇六年時点ではOKだった模様の「女らしさ」「バカ」といった言葉も、今は場合によっては炎上の火種となったり、うっかり職場で口にして大問題になったりするケースもあるのでした。
 SDGsというものの広まりも、上下差是正の動きに拍車をかけているように思います。SDGsについては、私も含めてわかったようなわからないような曖昧な捉え方をしている人が多いものですが、こちらは二〇一五年に国連加盟国で採択された、「持続可能でよりよい世界を目指す国際目標」。
 十七もの目標が並ぶのでそれぞれの印象が薄いのですが、貧困や飢餓をなくすとか、ジェンダー平等といった目標は、反・上下差系の目標でしょう。健康、福祉、教育、水、トイレ、エネルギー、平和と公正といったものを「みんな」が享受できるように、という目標群もまた、反・上下差系の項目。
 さらには、
「人や国の不平等をなくそう」
 という、上下差全般をざっくりと否定する項目もありました。全ての「差」は、世界を持続不可能な方へと導く、という考えが、SDGsのベースには存在します。
 SDGsの目標群を見ていると、世界の不具合のかなりの部分は上下差が生み出しているような気がしてきます。世界中で反・上下差の活動が盛り上がっているのも、よくわかるところ。
 反・上下差活動の影響は、私の生活の中にも如実に表れています。例えば数年前であれば、私は「ブス」という言葉を文章の中で平気で使用していましたが、今それは非常に書きづらい言葉。醜女しこめもナンだしな……などと思いつつ「不細工な女性」などと書いたり消したりしているのです。ブスのみならず、二〇一〇年代になってから使用が難しくなった用語は、ぐっと増えたのではないか。
 この動きを「言葉狩り」とする向きもありますが、とはいえたかが言葉、されど言葉。「ブス」という言葉を避けることによって、容貌を揶揄やゆするという場は少しずつ減少し、容貌に対する意識も変わってくるというものでしょう。
 が、しかし。先日とある和食店で食事をしていると、隣にはスーツ姿の男性ばかりのグループが座っていました。同じ会社の人々であることが推察されたのですが、仕事の話の合間に漏れ聞こえてきたのは、
「で、そっちの部の美女って言ったら、誰になる?」
 という問い。座の中央にいる、長的存在の男性が口にしたのですが、すると周囲の男性達は、
「○○と××がツートップですかねぇ。あっ、△△も自分的には好みかな」
「あー、△△はいいよね。うちの部はそういう意味では不毛だからなー。ブスばっかりっすよ」
 などと、生き生きと語り出しました。
 その話を横で聞いていた我々は女四人だったのですが、
「会社で女性の容貌に触れるのはタブーっていう世の中だからね……」
「こうなりますわね」
 と語り合っておりました。
「ま、我々も女同士の飲みの場では、男性社員の容姿品定めとか、しそうだしなぁ」
 とも。
 すなわち、ポリコレやらSDGsやらで差別や格差を無くして、様々な違いを持つ人々が全て横並びで生きていきましょう、という世になったことによって、上下差への欲求は、水面下に潜ったのです。会社で話せないことは、飲み会の場で。皆がいる場で話せないことは、男だけ/女だけの場で。口に出せないことは、ネットで。……等々、水面下に潜った上下差に対する希求は、場を移して燃え続けているのではないか。
 歴史を振り返ると、人間は序列をつけるのが大好きな生き物です。サル山やらライオンの群れにもボスから続く序列があることを考えると、それはもしかすると生物としての本能なのかも。
 序列をつけることは、生き抜くための知恵でもあります。「みんな横並び」という状態の集団よりも、上下の序列がきちんとついている集団の方が、明らかに組織運営はしやすい。軍隊などは特にそうでしょう。
 経済力や家柄や統率力が「上」の人々が集団の「上」に立つ世の中がどの国でも長く続き、そこには階級が定着しました。ある階級に生まれるとそこから抜けることはできず、子孫達もずっとその階級で生きていくしかない。……というシステムを崩すべく各国では革命が起こり、古い階級が消滅して近代が始まったのです。
 日本でも明治維新という革命によって旧来の階級は消滅。……ということになったものの、女は男に従属するもの、といった階級は残り続け、それが法律の上で目立たなくなったのは、第二次世界大戦で負けた後。しかしそれでも男女の間の階級は残り続けて、今になって大きな変化が訪れようとしているのでした。
 華族だの士族だのといった階級は、すでに日本には存在しません。しかし周囲を見回してみれば、何と多くの上下差があることか。華族だの士族だのといった明確な身分差があった時代よりも複雑で巧妙な見えない階級があちこちにあって、私達はしょっちゅうその段差に蹴つまづいているのです。
 人が二人いればすぐに上下をつけたくなる人間という生き物は今、もしかしたら本能なのかもしれないその「上下差をつけたい」という欲望を内に秘めつつ、「違いを認め合い、すべての人が横並びで生きる」という難題に挑もうとしています。実は革命以上の困難を伴うものなのかもしれないその挑戦は、これからどうなっていくのか。我々の生活の中に潜む階級の数々を見つめつつ、考えていきたいと思います。

*次回は8月5日(金)公開予定です。

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酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』など多数。

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