よみタイ

夫とのセックスは“無”でやり過ごす女風ユーザーに迫る妊活のカウントダウン

今だけの「特別な休日」

 一人になってから、「結婚ってなんだろう」という先ほどの問いが、再び私の頭をぐるぐるしている。
 それは「適齢期」と言われる時期が訪れると、目標に向かって鞭を打たれているような感覚への違和感だった。親族や世間が求める「こうあらねばならない」という抑圧は、人の心身を見えない糸で縛り上げ、がんじがらめにする。結婚はその最たるものかもしれない。
 逆説的なようだが、結衣さんは「既婚者」というカテゴリーに入ったからこそ、ようやく自由になれたのかもしれないと感じていた。そうしないと、呪縛が解かれなかったのだ。しかし、それは大きなカッコつきの自由でもある。
 私は誰もが結婚に対するプレッシャーを感じなくて済む社会になってほしいと感じずにはいられない。そうすれば、きっと多くの人の苦しみが減るのではないだろうか。それは結衣さんと同じく、結婚に散々翻弄された一人の人間として思うことだ。

 帰り道、私は結衣さんから聞いた「特別な休日」を想像しながら、電車に揺られていた。
 ある日の日曜日の昼下がり――。夫はいつもの趣味で家を後にする。
「いってらっしゃい」妻は夫を送り出すなり、勝負下着を手早く身に着ける。それは夫以外の誰かに「脱がされること」を想像して、買ったものだ。そしてデパートで買った服に袖を通し、新作のコスメで入念にメイクをする。
 気持ちが軽やかになって、自分が自分じゃなくなった気がする。まぶしいほどに次第に「女」としての輝きを帯びた妻は、颯爽と家を飛び出す――。夢の2時間はあっという間に過ぎ去る。冷めやらぬ興奮を抑えながら、妻は家の鍵を開ける。予想通り、夫はまだ帰宅していないようだ。
妻はすぐにシャワーを浴びて、メイクを落とし下着を脱ぎ捨てる。さらに手早くいつものくたびれた定番のジャージに着替える。そうしてまるで何事もなかったかのように料理を作って、夫の帰宅を待つ。しばらくすると、玄関のインターフォンが夫の帰宅を告げる。

「ただいまー」「おかえり」

 いつものジャージ姿で出迎える妻。昼寝でもしていたのかと夫は、思う。そうして二人で夕ご飯を食べながら、まったりした時間が流れていく。それは、どこかシュールでありつつも、色鮮やかなリアリティのある風景として、私の脳裏に浮かぶのだった。

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菅野久美子

かんの・くみこ
ノンフィクション作家。1982年生まれ。
著書に『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)、『ルポ 女性用風俗』(ちくま新書)などがある。また社会問題や女性の性、生きづらさに関する記事を各種web媒体で多数執筆している。

Twitter @ujimushipro

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