よみタイ

菅野久美子 私たちは癒されたい ~「女風」に通う女たち~

私と同じ感動を味わって……女性用風俗ユーザーたちが積極的に交流する心理

燃え尽きて女風は卒業?

 そんな由奈さんだが、意外にも今現在、女風は利用していないという。卒業は、利用を始めた3ヶ月後にある日突然やってきた。

「実は、好きな人ができたんです」

 由奈さんは、すっかり空になったオムライスの皿を見つめながら、ニコっと笑った。

「でもそれだけじゃなくて、女風でやりたいことをやり尽くしたというのもあります。これまでチャレンジしたかったことは大体終えたし、後悔もないからそのままやめようと思ったんですよ。このまま卒業しても心残りはないですね」

 由奈さんはそう言うと、私にふっと笑いかける。わずか3ヶ月で性の冒険を駆け抜けた彼女が、きっぱりと女風を卒業した気持ちが私は理解できる気がした。
 全てをやり遂げたからこそ、きっと思い残すこともなく卒業できるのだろう。由奈さんは、女風を通じて自分の体について徹底的に向き合い、そして、あっけらかんと、沼ることもなく、ある意味、健全に女風と「サヨナラ」をした。由奈さんにとって女風は良い思い出だ。

 ジェットコースターはわずか数分間で激しく疾走して、また同じ場所に戻ってくる。搭乗する前と同じ景色を見ているはずなのに、乗った後にはまるで違った世界が広がっているように感じたりもする。由奈さんにとって女風も、きっとそんな感覚だったのではないだろうか。だからこそ由奈さんは、他の女性たちにもぜひその感覚を直接自分の体で体験して欲しいと感じたのだろう。
 しかしそれだけ濃密な体験をしたら、逆にリアルの異性関係で満足できなくなるのではないだろうか。そんな私の問いかけに、由奈さんは静かに首を横に振った。

「確かに女風を通じてすごく素敵な経験ができたと思うんです。でも、だからといって好きになった人にことさら性的なテクニックを求めることはないんですよ。お付き合いする男性は、究極的には夜の生活が得意じゃなくてもいいんです。一番大切なのは、相手への気遣いができる人かどうかだなと感じるんです。技術がある人は、相手をよく観察していることがわかった。女性が求めるのは、自分を見てもらえることによって得られる安心感だと思うんです。だからこそ世の男性にはよく相手のことを見てあげたり、考えてあげて欲しいなって思う」

 私も再び、「うんうん」と思わず深く頷いてしまう。
 由奈さんは、これまでセックスで感じたことがないという不安や好奇心から、女風に出会い、快楽の世界に足を踏み入れた。そこには言葉では言い表せないほどに素晴らしい夢の世界が広がっていて瞬く間に夢中になった。
 しかし誰しもいつか夢の国から還るときがやってくる。その時の選択は人それぞれだ。由奈さんは夢の国を経由して、再びリアルな異性関係と向き合うことを選んだのだと私は感じた。
 私は由奈さんのような女性を多く知っている。彼女たちはパートナーがいたり、時には結婚していたりもする。彼女たちは、夢の国を知ったからといって、世の男性たちにセラピストのような卓越したテクニックを求めることはない。あくまで夢の国は夢の国の世界の出来事だとわかっている。それでも夢の世界から抜けた後に見渡す景色は、少しだけ輪郭がずれている。
 由奈さんが様々なトライアンドエラーや女風の快楽の果てに見たのは、女性の心と体に耳を澄ませようとするひたむきな男性の姿だったのではないだろうか。そしてそうやって正面から向き合う人の姿勢こそが、女風を通じて感じたかけがえのない、「何か」だったのかもしれない。
 そんなとってもシンプルな答えを、私は由奈さんの体験から教えてもらった気がする。
 由奈さんが女風を通じて辿りついた結論、ありきたりに思えるそれが結局、多くの女性たちが世の男性たちに願ってやまない真理なのではないだろうか。

 いつしか彼女のアイスココアは空になり、オムライスの皿もウエイトレスによって下げられようとしている。すっかり話に夢中になっていたようだ。気がつくと周囲のお客も姿を消している。喫茶店の閉店時間も近そうな気配がしている。由奈さんと別れて、私は池袋駅に向かった。
 すっかり夜のネオンに包まれていた池袋をゆっくりと歩いていく。そういえば、この池袋という土地は由奈さんの冒険が始まった場所でもある。道すがら彼女が経験した怒涛の3ヶ月がふと頭をよぎり、あれこれと一人想像を巡らせている私がいた。

1 2 3

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Twitterアカウント
  • よみタイ公式Facebookアカウント

関連記事

菅野久美子

かんの・くみこ
ノンフィクション作家。1982年生まれ。
著書に『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)、『ルポ 女性用風俗』(ちくま新書)などがある。また社会問題や女性の性、生きづらさに関する記事を各種web媒体で多数執筆している。

Twitter @ujimushipro

週間ランキング 今読まれているホットな記事