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勉強しかできない……劣等感を抱えた女性が開いた「快楽への扉」

 だから友達に誘われて乱交パーティに出たり、ハプニングバーで複数の男性とセックスしたりした。出会い系でワンナイトの相手を探したこともある。しかしそんな刹那的なセックスは劣等感を埋め合わせるどころか、逆に梨花さんを追いつめた。気がつくといつの間にか経験人数ばかりが増えていった。

「当時は何とか平均値の人間になろうとして、頑張ってセックスしてたんです。だけどハプニングバーも乱交パーティも全然良い体験ではなかったんですよね。何でやりたくない人とセックスしてるんだろうと虚しくなるんです。
あと、出会い系のように一対一で人と会うと、どうしても男性が主導権を握る形になるじゃないですか。一回会うと途中でやっぱり帰りますとは言えない。男性に要求されたら本当は嫌なことでもやっちゃうので、気持ち的にすごく損するというか、心が削られる感じがしていたんです」

 梨花さんはそう語ると当時のことが頭をよぎったのか、ふっと肩をすくめた。梨花さんの話を聞いていて、なぜだか私の心もキリキリと痛むのがわかった。私は梨花さんのように「頑張ってセックス」した経験はないが、梨花さんを駆り立ててきた劣等感には、大いに心当たりがある。

「今思えば性欲が湧くときって、決まって他人に劣等感を感じたときだったんです。例えば買い物袋を提げて、二人で家に帰る様子のカップルとすれ違うじゃないですか。そんなとき、ぐわっと感情が揺さぶられるんです。羨ましいな、自分はあのカップルみたいに平均値じゃないって。だから私の性欲って、いつも劣等感やコンプレックスとセットだったんですよ」
 
 梨花さんの語るエピソードに思わず、うんうんと、深く頷いている私がいた。何を隠そう、私も見知らぬカップルに強烈な劣等感を抱いたことが数え切れないほどあったからだ。

「平均値」になるために

 ハーブティーが売りのフェミニンな雰囲気のこのカフェは、見渡すと小ぎれいなカップルや女子たちで溢れている。斜め前に座っている初々しい大学生と思しきカップルは、甘酸っぱい青春の真っ只中という感じだ。梨花さんの話を聞きながら、私はそんな仲睦まじい男女を見ると、心がザワザワすることを思い出した。
 あれは高校生の頃だったろうか。街中でいちゃつくカップルを見ていつも感じていたのは、行き場のない劣等感だった。あの女の子のように、もっと可憐でかわいい子に生まれたかった、そしたらあんなにかっこいい彼氏ができるのにと、怒りと悲しみを抱えていた。
 だから私は見ず知らずの他者に強烈な劣等感を感じる梨花さんの気持ちがよくわかる。そして行き場のない劣等感は「何か」で埋め合わせなければ、とてつもなく苦しいということも――
 梨花さんは静かに言葉を続ける。

「元々自己肯定感が低いから、バランスを取るために満たされなきゃと思ってたんです。それは性的なことだけじゃないんですよ。仕事にも現れていたと思う。当時は身体を壊すまで仕事をしていたんです。視野が狭くて、会社が人生の全てだと思っていました。会社で忙しそうな人を見ると、自分は忙しくないから結果を出せていないとか、会社から必要とされていないから忙しくないんだと悩んでいた。当時の私は全てにおいてやり過ぎていたんです」

 仕事や性愛はその人のアイデンティティと深く結びついている。私たちの社会を見渡せば、性別に関係なく仕事ができないことは、社会的な死を宣告されることと等価である。劣等感を抱えていれば尚更そんな価値観を過剰に内面化しやすいし、自身を蝕んでいく。
 だから梨花さんは、どこか空回りするような違和感を抱えながらも、死に物狂いで会社に命を捧げ、さらに「平均値」になるために、「頑張って」セックスをしたのだろう。そう、自分の心と体をすっかり置き去りにして――

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菅野久美子

かんの・くみこ
ノンフィクション作家。1982年生まれ。
著書に『家族遺棄社会 孤立、無縁、放置の果てに。』(角川新書)、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)、『ルポ 女性用風俗』(ちくま新書)などがある。また社会問題や女性の性、生きづらさに関する記事を各種web媒体で多数執筆している。

X:@ujimushipro

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