よみタイ

群ようこ「いかがなものか」
ふだん何となく思っていながらも保留にしがち、あるいは言い切れないこと。
世間で起こる事件、流行、事柄、町で見かけたことなどについて、
違和感と疑問をスパッと投げかける。
群ようこ流、一刀両断エッセイ。

第23回 両肩丸出し

 今年の五月のことだった。電車に乗っていて隣の駅に到着したら、ドアが開いた目の前のベンチに、諸肌脱ぎとまではいかないまでも、水色の襟付きのシャツの前ボタンを大胆にいくつもはずして、両肩丸出しの若い女性が、うつむいてスマホをいじっていた。下にはタンクトップを着ていたのだが、シャツはシャツとしてのていをなしておらず、ただ体に中途半端にからまっているような扱いになっていた。私は向かいのホームに停まっている快速電車に乗り換えるので、
(どうしたのか。あまりに暑いので脱ぎかけたのか。それとも、もともとああいったファッションなのか。それにしてもどうしたんだ、あの格好)
 と驚きながら、何度も振り返ってしまった。周囲の若い人たちは見慣れているのか、何のリアクションもなかったが、私と同年輩のおじさんやおばさんは、びっくりした表情で私と同じように何度も彼女を振り返っていた。
 去年だったか一昨年だったか、シャツの襟やブラウスを抜き衣紋みたいにして着ている女性たちを何人も見た。それが流行の着方なのはわかったが、特別素敵でも何でもなく、見るたびにシャツやブラウスの前身頃をぐっと引き下ろしたい衝動にかられた。
「ちゃんと着なさいよ」
 といいたくなった。しかしそれが一段階進んで、抜き衣紋では飽きたらず、諸肌脱ぎに近くなってきたらしいのだった。
 ファッション的にはオフショルダーの一種なのだろうが、見た感想としては、「とても面倒くさい格好」だった。両肩を出し腕を覆いたいのであれば、タンクトップにショールをふわっと羽織ればいいし、そちらのほうがずっとエレガントのような気がする。だいたい流行のファッションはぎょっとするものが多いけれど、あの中途半端なだらしなさは何とかならないのかと思う。
 雑誌では欧米人のモデルたちが、シャツやブラウスの胸元を大胆に開けて、片方の肩を丸出しにしたり、下には見えてもいいブラトップを着たりしていたが、それでもかっこいいとも素敵とも感じなかった。欧米人のモデルがしてもそうなのだから、それをいくらスタイルがよくなったとはいえ、一般的な日本人がやっても似合うはずがない。肩幅がしっかりしていて、骨格が太い体格だと、そういった着こなしでもめりはりがついて似合いそうだけれど、ただでさえ細く、なで肩の日本人女性がすると、
「暴漢に襲われてシャツの後ろの襟首をつかまれたのを、必死に逃げてきて助かりました」
 といったふうになる。何かよからぬ出来事が起こった感が漂っている。両肩を出したいのなら、丸出しにできるチューブトップもあるし、オフショルダーのブラウスなどもある。なのに、なぜわざわざシャツのボタンをはずしてあんな格好をしなくてはならないのか理解できない。若い女性たちがそんな格好をしたとしても、私は何の被害も受けないが、
「変なものを見た」
 という記憶は残る。そういったファッションの着こなし方のポイントとして、ある本に、
「中途半端にやるといやらしく見えるので、大胆にやりましょう。でもだらしなく見えないように」
 と書いてあったが、どう見てもだらしがないのだ。

 そして夏になったら両肩丸出しが目に付くようになった。なかには大胆にシャツの前ボタンを開けているのはいいが、冷房の効いた車内で、咳き込みながらスマホをいじっている女性もいた。しかし彼女としては、出している両肩が寒いといった素振りを見せると、今日のファッションを台無しにするので、げほげほいいながらもじっと耐えているようだった。昔、ファッション評論家が、
「お洒落は我慢」
 といっていたが、その我慢が連日続くと、顔つきが悪くなりそうだ。流行のファッションをしている私という自信と、我慢している辛さが複雑にからみあい、感じのいい表情ではなくなるのは想像できる。外では気張ってそういったファッションをしている人に限って、人目のない家のなかでは、ゆるゆるの十年物のジャージを着ていたり、眠くなったらそのままで寝るといった、だらっとした格好をしていそうだ。
 昔、渋谷周辺で若い男性の腰パンが流行ったが、両肩丸出しにはそれと同じような、かっこいいというよりも不潔な感じが漂う。そのときも欧米人の腰パンを雑誌で見たが、骨格がしっかりしているので、腰パンでも全然いやらしく見えなかった。以前にも書いたことがあるが、世界大会に出るほどの水泳選手が着る水着が、相当なハイレグだと知って、まったくそうは感じなかったのでへええと思った。一般の女性がハイレグ水着を着ていると、どことなくいやらしさが漂うが、アスリートの彼女たちが着ているとまったくそうは感じない。それはハイレグ水着にふさわしい筋肉、体格があってのものだからだろう。男性としてはいやらしさが漂うほうが、うれしいのかもしれないが。
 しかし、
「お前の、大根足とはいえないくらい長さのないカブのような足で、なぜミニスカートを穿くのだ」
 と父親に呆れられ、それでもミニスカートを穿いていた過去の自分がいるので、若い人たちについて、あれこれいえる立場ではない。しかしセクシーではなく、だらしなかったり不潔さを感じさせるものはよろしくない。
 年下の知人に聞くと、今はファッションも化粧も、韓国の流行が日本の若い人の流行になるらしい。美少女、美男子を意味する「オルチャン」を使って、オルチャンファッション、オルチャンメイクというそうだ。画像を検索してみたら、現地の女性でも肩丸出しが似合っている人も似合っていない人もいた。メイクを見ていて、
「なるほど、若い女性たちはこれを真似していたのか」
 とはじめてわかった。以前はよく見かけたナチュラルメイクというよりも、肌をつくりこんで真っ赤な口紅をつけるスタイルも、オルチャンメイクを参考にしたようだった。
 私が若い頃は、途中に中国ファッションブームもちょっとあったけれど、何が何でも欧米を参考にして、いつも根底にあるのは、欧米のファッション、メイクだった。それが今は韓国のファッション、メイクを参考にするようになった。韓国とはいろいろと問題があり、今でもずっとつながってトラブルが起こっているので、若い人が変なわだかまりもなく、素直に好意を持って参考にするのは、とてもいい。
「でもメイクだけじゃなくて、明らかに顔に手を加えているにおいもするので、真似をするのもほどほどにしたほうがいいよね」
 と年下の知人に話したら、
「だから韓国に行って、お直しする日本の若い人も多いんですよ。もちろんおばさんもいるんですけどね」
 と教えてもらった。手術代が安いので、人気があるのだそうだ。新大久保などでは昔は売られているのは食品が多かったが、最近は安くてきれいな色のメイク用品や、基礎化粧品もたくさん売られているという。たしかに日本の女性アイドルは、幼稚、かわいいのが主流だが、韓国の女性アイドルは若くても「女」を感じさせる。そこが日本人の若い女性の、憧れのツボにはまったのかもしれない。
 それにしても両肩丸出しはいつまで流行るのだろうか。幸いなのは抜き衣紋よりは人数が少ないことだ。さすがに若い女性の多くがとびついたわけではなく、チャレンジ精神の旺盛な人がやっているのだろう。潔くチューブトップで肩丸出しにするか、ショールなどでやんわりと隠すか、それとも私が見るたびに、
「あーっ」
 と叫んで、前身頃を引き下ろして正しい位置に戻したくなる、あの中途半端でだらしないスタイルを選ぶか。来年の夏になったらわかるだろう。それまでに衝動にかられる私の気持ちが、目が慣れておさまるかどうか次第だが、あれに関しては、きっといつまでたっても慣れることはなく、見るたびに、
(あの格好は許せない)
 とぶつぶついっているに違いないのである。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社、84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』を刊行。同年に同社を退職し、専業作家となる。小説に『無印OL物語』などの<無印>シリーズ、『かもめ食堂』『婚約迷走中 パンとスープとネコ日和』『咳をしても一人と一匹』『散歩するネコ れんげ荘物語』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『かるい生活』『まあまあの日々』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』『じじばばのるつぼ』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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