2022.8.18
パリ郊外の暴動のさなか、流れ弾と催涙スプレーに裸足で逃げ回った2007年の夏 第5回 パパ・ヘミングウェイもびっくりな猫沢家の移動「呪」祭日
アパルトマン入り口にたむろする売人たち
先だって不幸にも殺害されたLは、私たちも何度か見かけたことのある、このグループのメンバーで、まだあどけなさが残る20歳くらいの青年だった。パリ市内には、大麻からハードドラッグまで幅広く扱う、いわゆるヤクの売人グループがいくつもあって、メッセージひとつで〝ドラッグ○ber〟が24時間配達するらしい(2008年公開のフランス映画、セドリック・クラピッシュ監督《PARIS》にも、そんなシーンが登場する)。Lが所属するグループ以外にも、隣接するカルチエに別の対抗グループが存在し、日々縄張りを巡って争いを続けている。ある日は、別のグループの見慣れない顔の輩たちが、歩道に車を乗り上げて爆音で音楽を流し、存在をアピール。それに対抗して、現在このあたりを仕切るグループと頻繁に悶着が起きる。もちろん住人はうんざりしている。ただし住人だってフランス人だから、黙って指を咥えてはいない。売人たちは夜間も通りで騒ぎ立てるなど、十分、通常の公共マナー違反で警察を呼べるということで、アクセスコードが住民に配られた。そうなのだ。ヤクの売買に関する通報ではこちらの身が危うくなるから、あくまでも警察を呼ぶ際には公共マナー違反というタテマエが必要なのだ。
ちなみにこの若い売人たち、このあたりの住人ではなく、遠く郊外から〝仕事〟をしにわざわざやってくるらしい。「子どもに関心のない親か、仕事が忙しすぎてかまってやれない郊外暮らしの低所得者層からこういうやつらが生まれるんだけど、身入りがいい仕事だから、いっぺんやると真面目な仕事に就こうなんて考え、なくなっちゃうんだろうな」と、彼。なるほどな。しかしアパルトマンの入り口ドア前に、常に4〜5人ヤクの売人が群がっているものだから、決して民間人に手を出したりしないとわかっていても、出入りのたびに不快だ。ただ、確かに不快ではあるけれど、ここに暮らすことの不安に関して言えば、私的には許容範囲内だ。これがパリに引っ越して間もない、普通の感覚の日本人女子ならば、ソッコー引っ越しを考えるだろう。
