2021.2.27
「結婚しても終わらないノルマ」…不妊に苦しむセレブ妻の胸中、苦渋の末の逃げ道とは? (第3話 妻:麻美)
夫が“他人よりも遠い存在”になった理由
――ああ、つまんない。
最近、そんなことばかり考えている。
子持ちの女たちに朝食を邪魔されてから、エストネーションで手当たり次第に買い物をした。けれど麻美の気分は晴れなかった。
別に、大きな不満があるわけではない。周囲の女友達やインスタグラムのフォロワーからは“セレブ妻”と羨まれることも多いし、そんな自分が嫌いではない。それで十分だと言われれば否定もできない。
ただ、もう飽きたのだ。
優雅で自由な時間も、あり余ればただの“暇”に等しい。
幼い頃から家族には大切に可愛がられて育ってきた。必要なものは充分に与えられたし、それなりに美しく生まれ、得の多い人生を歩んできた。
さらに麻美は生まれ持った環境に甘んじるわけでもなく、必要な努力もきちんと積んできたはずだ。「女は可愛いければいい」なんて思っている、その辺の中途半端な女とも違う。
なのに、自分のような女がここまで来て“暇人”に成り下がるなんて我慢できなかった。
その原因は、康介との生活に退屈を感じ始めた結婚から2年ほど過ぎた頃、夫婦生活があるにもかかわらず、いっこうに妊娠できなかったことと言わざるを得ない。
健康には自信があったし、定期的な運動も欠かさず、食品添加物にも昔から気をつけていた。だから、まさか自分が妊娠しないなんて思わなかった。入籍したのは28歳で、年齢的なリスクがあったとも思えない。
それでも、しばらくはこの結婚生活に満足していたのだ。
外見も稼ぎもいい夫と着飾って贅沢な食事や旅行に出かけ、料理やテーブルコーディネート、ポーセラーツを習い、同じような妻友たちとセレブを気取る。
しかしほとんどの女が1、2年でこの生活を卒業し、お腹を膨らませて「育児は本当に大変」と微笑む中で、一人取り残されていくのは惨めだった。
妊娠しなければ、ノルマを達成したとは言えない。結局のところ二流感は否めないのだ。
麻美一人の努力や工夫で何とかなるならば何でもする。
けれどこればかりは、夫の康介の協力が必要不可欠だ。婚活のように見込みのない男を即時に切り捨てることもできないのは歯痒くて仕方がなかった。
――ねぇ、病院に行ってみない?
意を決して康介にそう持ちかけたのは、もう一年以上前だったと思う。
あのとき夫には言わなかったが、実は麻美はすでに自分の検査は済ませていた。結果は特に異常なし。だから康介の身体を調べ、さっさと不妊治療に踏み切ってしまいたかった。成功率は女の年齢が若いほど高いのは常識だ。
けれど康介の無機質な返答を聞いたとき、麻美の計画はアッサリ折れた。
――ああ、うん。
あんな気のない返事をする男を病院に連れて行き、検査をさせ、排卵日に合わせてセックスやら自慰行為をさせる労力と相性を瞬時に計算した結果、「無理だ」と本能的に判断を下したのだ。
そもそも、それまで二人は定期的に子作り行為をしながらも「子どもが欲しい」だとか「なかなかできないね」なんて言葉すら交わしていなかった。
それに気づいたとき、夫は麻美にとって他人よりも遠い存在になっていた。