2021.2.27
「結婚しても終わらないノルマ」…不妊に苦しむセレブ妻の胸中、苦渋の末の逃げ道とは? (第3話 妻:麻美)
終わらない“女のノルマ”
けやき坂沿いの六本木ヒルズのベーカリーカフェの窓際席に腰を下ろし、麻美は冬晴れの空を眺めて一息ついた。
運ばれてきたカフェラテに口をつけると、自然と口元が緩む。
康介のような男と結婚して良かったと思うことの一つは、こうして都心の洗練されたカフェで優雅な朝を、好きなときに迎えられることだ。
ベーカリーのレジには、隙のない化粧と小綺麗なOL服に身を包みながらも苛立ちの滲む顔でスマホと向き合い足早に去っていく若い女がいた。これから出勤だろうか。それなりに可愛い女なのに勿体ない。女を魅力的に見せるには、何より余裕が必要なのに。
自分も数年前は“あちら側”だった。いくら若く美しい女が一流の場所に勤めていても、人や会社にこき使われ、自由な時間がなければ何の意味もない。麻美は心地良い優越感と共に、パン・オ・ショコラに手を伸ばす。
けれどそのとき、向かいの席に二人の女が案内された。
「ねぇ、お腹すっごいおっきくなったねー!」
胸にザラリとした感触が走る。
「そうなの。7ヶ月過ぎたあたりから急に大きくなって〜。でも、あんりちゃんこそ大きくなったね。もう3ヶ月よね? 寝顔可愛い〜!」
麻美と同年代と思しき妊婦と子連れの女は、キャッキャとベビーカーで眠る赤ん坊を覗き込む。女たちの表情の柔らかさ、素朴さ、滲み出る幸福感に、思わずいたたまれなくなる。
いったいなぜ、自分はこの場所で停滞しているのか。
なぜもっと先の“あちら側”に行けないのか。
さらに彼女たちが揃って履いているコンバースのハイカットスニーカーが目に入ったとき、麻美は自分のマノロブラニクのヒールがやけに安っぽく感じた。