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「結婚しても終わらないノルマ」…不妊に苦しむセレブ妻の胸中、苦渋の末の逃げ道とは? (第3話 妻:麻美)

夫が“他人よりも遠い存在”になった理由

――ああ、つまんない。

最近、そんなことばかり考えている。

子持ちの女たちに朝食を邪魔されてから、エストネーションで手当たり次第に買い物をした。けれど麻美の気分は晴れなかった。

別に、大きな不満があるわけではない。周囲の女友達やインスタグラムのフォロワーからは“セレブ妻”と羨まれることも多いし、そんな自分が嫌いではない。それで十分だと言われれば否定もできない。

ただ、もう飽きたのだ。

優雅で自由な時間も、あり余ればただの“暇”に等しい。

幼い頃から家族には大切に可愛がられて育ってきた。必要なものは充分に与えられたし、それなりに美しく生まれ、得の多い人生を歩んできた。

さらに麻美は生まれ持った環境に甘んじるわけでもなく、必要な努力もきちんと積んできたはずだ。「女は可愛いければいい」なんて思っている、その辺の中途半端な女とも違う。

なのに、自分のような女がここまで来て“暇人”に成り下がるなんて我慢できなかった。

その原因は、康介との生活に退屈を感じ始めた結婚から2年ほど過ぎた頃、夫婦生活があるにもかかわらず、いっこうに妊娠できなかったことと言わざるを得ない。

健康には自信があったし、定期的な運動も欠かさず、食品添加物にも昔から気をつけていた。だから、まさか自分が妊娠しないなんて思わなかった。入籍したのは28歳で、年齢的なリスクがあったとも思えない。

それでも、しばらくはこの結婚生活に満足していたのだ。

(画像提供/shutterstock)
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外見も稼ぎもいい夫と着飾って贅沢な食事や旅行に出かけ、料理やテーブルコーディネート、ポーセラーツを習い、同じような妻友たちとセレブを気取る。

しかしほとんどの女が1、2年でこの生活を卒業し、お腹を膨らませて「育児は本当に大変」と微笑む中で、一人取り残されていくのは惨めだった。

妊娠しなければ、ノルマを達成したとは言えない。結局のところ二流感は否めないのだ。

麻美一人の努力や工夫で何とかなるならば何でもする。

けれどこればかりは、夫の康介の協力が必要不可欠だ。婚活のように見込みのない男を即時に切り捨てることもできないのは歯痒くて仕方がなかった。

――ねぇ、病院に行ってみない?

意を決して康介にそう持ちかけたのは、もう一年以上前だったと思う。

あのとき夫には言わなかったが、実は麻美はすでに自分の検査は済ませていた。結果は特に異常なし。だから康介の身体を調べ、さっさと不妊治療に踏み切ってしまいたかった。成功率は女の年齢が若いほど高いのは常識だ。

けれど康介の無機質な返答を聞いたとき、麻美の計画はアッサリ折れた。

――ああ、うん。

あんな気のない返事をする男を病院に連れて行き、検査をさせ、排卵日に合わせてセックスやら自慰行為をさせる労力と相性を瞬時に計算した結果、「無理だ」と本能的に判断を下したのだ。

そもそも、それまで二人は定期的に子作り行為をしながらも「子どもが欲しい」だとか「なかなかできないね」なんて言葉すら交わしていなかった。

それに気づいたとき、夫は麻美にとって他人よりも遠い存在になっていた。

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山本理沙

やまもと・りさ●84年 東京都生まれ。日本女子大学文学部卒卒業後、外資系航空会社客室乗務員、金融機関・コンサルティングファームの秘書業務を経てフリーランスへ。
2015年〜2019年に東京カレンダーWEBにて『東京婚活事情』『結婚願望のない男』『東京ホテル・ストーリー』など多数執筆したのち、2020年10月講談社文庫より初書籍『不機嫌な婚活』を出版。よみタイで好評連載中の漫画『恋と友情のあいだで』(里奈Ver.)共著原作者。『不良夫婦』では(妻side)を執筆。

Instagram●Lisa_fluffy
Twitter●山本理沙/WEB作家




安本由佳

やすもと・ゆか●81年 奈良県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、化粧品会社広報、損害保険会社IT部門勤務を経てフリーランスへ。
2016年〜2020年1月 東京カレンダーWEBにて『二子玉川の妻たちは』『私、港区女子になれない』など多数の連載を執筆したのち、2020年10月講談社文庫より初書籍『不機嫌な婚活』を出版。よみタイで好評連載中の漫画『恋と友情のあいだで』(廉Ver.)の共著原作者。『不良夫婦』では(夫side)を執筆。

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