2021.11.20
愛娘を授かっても、新たな女に溺れる…不倫をやめられない夫の心理(第22話 夫:康介)
瑠璃子の現在―女は、全てを糧にして突き進む
午前中の裁判を終えた康介は、事務所に戻る道中で書店に立ち寄った。
一仕事片付いたタイミングで、久しぶりに何か小説でも読もうかという気分になったのだが……新刊コーナーを物色している途中で、ふと見覚えのある顔に目を奪われた。
真っ青な海を背景にした表紙に、飾り気のない笑顔を浮かべる女性が写っている。間違いない、小坂瑠璃子だ。
『幸せについて思うこと』と題されたソフトカバーは、その帯を読んでみると、瑠璃子の初エッセイ本であるらしい。
――エッセイを出したのか。
康介の知っている彼女は、不倫ゴシップやマッチングアプリのリアルなど都会の刺激的な話題を扱うWEBライターだった。爽やかな表紙もタイトルも、まるで瑠璃子らしくない。
一体、彼女は今どこで何をしているのだろう。
最低な別れ方をした自覚があったから、彼女の現在、そして彼女が語る「幸せ」の正体が気になり興味深くページをめくってみる。
するとすぐに、意外な事実が判明した。なんと瑠璃子は一年前に東京を離れ、福岡県・糸島に単身移住していたのだ。
エッセイ本には、現地で撮影されたと思われる写真も豊富に掲載されており、康介はページをめくるたび新鮮な驚きに包まれた。
どの写真に映っている瑠璃子も、別人のごとく肩の力が抜けているのだ。移住してからサーフィンを始めたようで、若いイケメンサーファーと向き合っている写真などは、心底楽しそうに、大口を開けて目がなくなるまで笑っていた。
――もしかして、彼氏か?
そんなことを思う立場も資格もないのに、つい邪推してしまう。それほどまでに、彼女の笑顔は輝いていた。
『東京を離れて気づいたことがある。以前の私は、他の女たちと同じアイテムを揃えられない自分が情けなくて、不憫で、それゆえ不幸だった。豪華な家、大きなダイヤ、自慢できる夫――だけど、私が幸せになるのに、そんなモノは何一つ必要なかった』
瑠璃子の紡ぐ言葉は、どういうわけか康介の胸を鋭く刺し、しばらくその場に立ち尽くした。
<完>
(文/安本由佳)
こちらの連載は、今回で終了です。
ご愛読ありがとうございました。