2021.11.20
愛娘を授かっても、新たな女に溺れる…不倫をやめられない夫の心理(第22話 夫:康介)
「先生……好き」と囁く女に覚えたデジャブ
「先生……好き」
露わになった胸を押しつけ、肢体を絡める女の髪を、康介はあやすような手つきでゆっくりと撫でた。
その刹那、デジャブを覚えて一人で失笑する。
――結局、こうなってしまうのか。
およそ1年半前にも、康介はこうして妻以外の女と抱き合っていた。あのとき「好き」と囁いたのは、今となりにいる“茜”ではなく“瑠璃子”だったが。
内心を隠すように窓の外へ目をやると、闇の中、眼下に広々と堀が広がっていた。初めて一線を超える夜だから、奮発してペニンシュラに部屋をとったのだ。
茜は櫻井法律事務所で康介の秘書をしている。麻美とは系統の違う、どちらかといえば瑠璃子に似たタイプの明るく愛らしい女性で、採用時から好感を持っていたことは確かである。
とはいえ、手を出す気などなかった。ところが茜のほうから「奥さんがいてもいい」「関係ない」などと積極的に迫ってくるから、関係ないことはないだろうと警戒しつつも次第にほだされてしまったのだ。
妻の麻美が体外受精で妊娠し、愛娘が生まれて、まだ半年しか経っていない。
子どもを授かったと知った時、康介は確かに感じた。ようやく麻美と「真の夫婦」になれたのだと。生まれたばかりの愛娘を抱いた時にも、確かに誓った。この子に恥じないよう、良い父親になろうと。
しかしその舌の根も乾かぬうちに、よりにもよって秘書と不倫関係に陥るとは……己は自分で思うよりもずっと強欲で、意志の弱い男であったらしい。