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子作りを拒否し続けてきた夫が、妻の「体外受精提案」に快く応じた理由(第18話 夫:康介)

「オープンマリッジ」の提案…真意に気づいた夫の、咄嗟の返答

「ねぇこうちゃん、私たち、やっぱり子どもを作ろう」

カウンターに並んで座るや否や、妻はスパークリングワインを片手にそう言った。

「は……?」

まったく想定外のセリフに口をぽかんと開けていると、彼女は康介の膝を撫でながら、用意された台本を読むようにスラスラと自身の希望を語り始めた。

どうしても赤ちゃんが欲しい。体外受精にするから一度だけ病院に付き合ってくれればそでいい――

丁寧で穏やかな物言いではあったが、一寸の隙も見せないその口調から、もはや康介の意見を聞く気などないことがわかった。彼女の中ではもはや、既に決まったことなのだ。

「一回だけ病院に行ってくれれば、本当にもうそれでいいの」

畳み掛ける妻に、イエスともノーとも言えず小さく唸った。

別に康介としても、断固として子どもを持ちたくないわけではない。

子作りのために性交渉をする気になれず、そのままセックスレスになってしまったというだけだ。過去には父親となった自分を想像したこともある。

それに……麻美の言っていた「二人の今後」というのが、子作りの話だったとわかり、実は大いにホッとしている自分がいるのだった。

麻美は自分を捨て、あの日恵比寿で見かけた男の元に行く気なんじゃないか。離婚を切り出されたらどうしたものか――この数日、最悪の事態を想像しては何度もため息をついていた。

それゆえ「子作り」という真逆の提案は、もちろん驚いたし、決して乗り気ではないものの、十分に譲歩の余地があった。麻美は今後も自分と夫婦としてやっていく気があるということなのだから。

しかし康介が、そんな揺れ動く感情を抑えつつ無表情で「わかった」と言う前に、妻が体外受精の話とは比にならない、あり得ない提案をした。

「オープンマリッジっていうのかな? 家庭に変な問題を持ち込みさえしなければ、こうちゃんは好きに過ごして」

咄嗟に意図が理解できず、康介は言葉を飲み込んだ。

しかしその数秒後「お互い浮気は黙認しましょう」と言われているのだと悟ると、頭にカッと血が上った。

「いや、それはやめよう」

「え?」

急に強いトーンで言い切った康介に、麻美が怪訝な顔を向ける。

「子どものことは、わかった。麻美の希望どおりにするよ。けど、オープンマリッジ? そういうの俺は求めてないし、違うと思うんだよな。子どもを作るなら夫婦はちゃんと向き合うべきだろ。俺もだし、麻美だって……」

自然と早口になり、ムキになって説得している自分がいた。うかつにも「麻美だって」と例の男のことを問い詰めそうになり、慌てて言葉を切る。

すると麻美がすべてを察したように、夫の言葉を拾った。

「わかった。こうちゃんがそう言うなら、私は問題ありません」

思いがけず、素直に従う妻……拍子抜けした康介は疑念を込めた視線を送ったが、麻美はその目をまっすぐ見つめ返してきた。

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山本理沙

やまもと・りさ●84年 東京都生まれ。日本女子大学文学部卒卒業後、外資系航空会社客室乗務員、金融機関・コンサルティングファームの秘書業務を経てフリーランスへ。
2015年〜2019年に東京カレンダーWEBにて『東京婚活事情』『結婚願望のない男』『東京ホテル・ストーリー』など多数執筆したのち、2020年10月講談社文庫より初書籍『不機嫌な婚活』を出版。よみタイで好評連載中の漫画『恋と友情のあいだで』(里奈Ver.)共著原作者。『不良夫婦』では(妻side)を執筆。

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Twitter●山本理沙/WEB作家




安本由佳

やすもと・ゆか●81年 奈良県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、化粧品会社広報、損害保険会社IT部門勤務を経てフリーランスへ。
2016年〜2020年1月 東京カレンダーWEBにて『二子玉川の妻たちは』『私、港区女子になれない』など多数の連載を執筆したのち、2020年10月講談社文庫より初書籍『不機嫌な婚活』を出版。よみタイで好評連載中の漫画『恋と友情のあいだで』(廉Ver.)の共著原作者。『不良夫婦』では(夫side)を執筆。

オフィシャルサイト●安本由佳
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Twitter●安本由佳|WEB作家@軽井沢

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