2021.6.19
「朝まで帰らない夫に連絡できない」妻のプライドと葛藤、帰宅した夫のチープな言い訳(第11話 妻:麻美)
異常な美容医療ブームに、ずっと違和感を抱いていた
「あなた、私と一緒に仕事しない?」
初対面の若いセラピストの顔が不安そうに引き攣ったのを見たとき、麻美は自分があまりに唐突な言葉を発したことに気づいた。
計画も何もない。ただ衝動でこんなことを口走ってしまったのだ。
しかしながら、これほど高い技術を持ったセラピストが古ぼけたマンションの一室で細々と安い料金で営業を続けているなんてどう考えても勿体ない。
工夫はしているものの、サロン内のインテリアやベッド、タオルやリネンも安物を使っているのは明らかだった。これでは彼女の技術にふさわしい客がここに辿り着くのは難しい。
「……急に驚かせてごめんなさい。ただ、えっと……由紀さん?あなたの技術があまりに素晴らしくて感動しちゃって。実は私、エステサロンを始める予定で、ちょうどセラピストの方を探してたところなんです。あいにく今日は名刺も持ち合わせていないのだけど……」
エステサロンの開業の予定はないし、名刺などもともと持ってもいない。けれど麻美は先ほど発した自分の言葉を回収すべく、もっともらしい出鱈目を並べ続けた。すると、まるで本当に起業を計画していたような気になってくる。
たしかに麻美は、こんなサロンを求めていた。
美容医療ブームが異常とも思えるスピードで広まる中、ずっと小さな違和感を抱いていたのだ。まだ30歳にも満たないインスタグラマーがボトックスやヒアルロン酸注入、あるいは明らかに「整形」ともいえる美容医療を安易に繰り返し、人工的に“映える”顔をインスタグラムのフィードに並べるのがもはや普通になっている。
一方で酷いトラブルや苦情が耳に入ることも多く、麻美はこの違和感とリスクを考慮し、美容医療には少なくとも30代のうちは手を出さないと決めていた。
だから美容医療には届かずとも、安全で自然に着実に効果の出る特別なサロンをずっと探していたのだ。
そしてそれは、自分で作ることだってできるかもしれない。同じような違和感を抱く女性は多いはずだし、需要もきっとある。
麻美は由紀というセラピストに熱弁を振るいながら、すっかりその気になっていた。