2022.9.7
一言目で「抱いていい?」と言われたのは、人生で初めてのことだった──ボブカット美女とのほろ苦いゴールデン街デート
『Deep Love 第一部 アユの物語』のあらすじ
数日後。ポストを覗くと『Deep Love 第一部 アユの物語』が届いていた。本の表紙には見覚えがあった。中学生のころ、ケータイ小説の『恋空』が映画化されたとき、地元のTSUTAYAが入り口すぐ近くのところで大々的にケータイ小説コーナーを開設し、そこに古典のように置かれていたのが『Deep Love 第一部 アユの物語』だった。
主人公は、どこか影のある十七歳の女子高生アユ。ハゲあがったオヤジとの生々しい援助交際シーンから始まるこの本は、薬物、痴漢、戦争のトラウマ、窃盗、自殺、いじめ、虐待、レイプ、傷害、大病、死、が次々と発生する物語を、たった百数十ページで駆け抜けてゆく。最初はそうした悲劇的な出来事の連続に目を奪われてしまうが、読み進めてゆくと、アユが純粋な愛を求めてゆく様が物語の骨子になっていることに気づく。
主人公のアユは、信頼できる大人も友達もおらず、援助交際に明け暮れていた。ある日、ヤリ友のアパートに向かう途中の路上で、掃除をしている見知らぬおばあちゃんに優しく声をかけられ、それが縁となってそのおばあちゃんの家に通うほど仲良くなる。しかし、おばあちゃんは物語の中盤で亡くなってしまう。そのおばあちゃんの葬式で、アユは十五歳の男の子に出会う。昔おばあちゃんが公園で見つけた捨て子の義之という男の子で、義之はおばあちゃんの遺影の前で涙を流すのだが、その義之の涙があまりにも綺麗で、アユは義之に惹かれることになった。
義之は生まれつき心臓に病を持っていて、毎日一時間だけ外出を許されている。普段は家から出られず肌は真っ白で、学校に通ったこともなく、世の中のことを全く知らない。アユは汚れを知らない義之の純粋な部分に惹かれて、義之の家の近くの公園に通い、なんてことない会話をしたり、義之が好きな青空を一緒に見上げながら、一時間だけ穏やかな時間を過ごす。義之と時間を過ごすことを繰り返すうちに、アユは次第に義之のことを喜ばせてあげたい、という気持ちでいっぱいになってゆく。ある日、「なにか欲しいものない?」とアユが質問をすると、「沖縄の空と海が見たい!」と義之は返す。アユは航空券と車椅子を手配して、義之のことを沖縄に連れていく。沖縄に着いたらすぐにビーチに向かい、青く透き通った美しい海と、その向こうに広がる大きな空を義之と一緒に眺める。自然の圧倒的な力を前に言葉が出なくなり、義之は涙を流す。そんな義之の顔を見て、愛する人の喜ぶ顔を見ると自分まで幸せな気持ちになるということに、アユは初めて気づく。が、涙を流した義之がふとアユの手を握ろうとしたとき、「私、汚いから」とアユは反射的に手を振り払ってしまう。それでも義之は「アユは誰よりもきれいだよ」とアユの手を握り直す。アユは胸がいっぱいになると同時に、汚い自分のことを洗いざらい話さなければ、と葛藤をすることになる。
その日の夜。ホテルの部屋の中でアユは自分のしてきたことを義之に打ち明けた。ヤリ友のこと。オヤジたちに体をオモチャのように遊ばせたこと。それでお金をもらったこと。だから自分は綺麗な義之に触れる価値がない、ということ。言えば軽蔑されるかもしれないが、自分を隠したまま義之に愛される方がアユには辛いことだった。義之は涙を流しながらも優しく笑っていて、「汚れてなんかない」とひと言だけ口にすると、アユの手をそっと握る。義之の手が温かくアユのことを包み、アユは救われたような気持ちになる。二人は手を繋いだまま、一つのベッドの上で眠りについた。