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小野一光「限界風俗嬢」

二児の母を人妻デリヘルへ追い込んだ、義実家からの“経済的DV”

「子供の物を買うおカネがないんです」

 また、夫の母親からも冷たく当たられたのだそうだ。
「家でのおカネの管理は、彼のお母さんがすべてやってたんですね。そこで生活費を一切貰えなかったんです。子供のおむつ代やミルク代とかも貰えないので、自分の貯金を切り崩していました。私の母の再婚相手が、ビルメンテナンスの仕事をやってるんですけど、それを時々手伝ったりして、おカネを貯めていたので……」
 アヤカが「子供の物を買うおカネがないんです」と訴えても、義母からは「仕事すれば」と言われるだけだった。その際に夫が庇うことはなく、彼女が先に挙げたDVを繰り返すようになる。
 やがてその夫は何日も家に帰らずに、車で寝泊まりをするようになった。そしてようやく家に帰ってきたときに、無理やり性交渉を迫られ、下の子を妊娠したとアヤカは語る。彼女は実家に逃げ戻り、親権でもめた末に、やっとの思いで離婚が成立したというのが、一連の流れだ。

イメージ画像:写真AC
イメージ画像:写真AC

「下の子を産んでからは、生活をなんとかしなきゃって必死でした。そのとき私、人妻系のデリヘルで働いたんです。初めての風俗ですけど、もう、おカネが稼げるならそれしかないって。高校のときの友達で、風俗の仕事をやってる子がいたんで、お店のこととか、お客さんの様子なんかを聞いて、やることにしました」
「それしかないとはいえ、抵抗はなかった?」
「私って初体験が早かったし、あんな生活だったでしょ。だから自分の体って、そんなに重要じゃないと思ってるところがあるんですよ。仕事だと割り切ったら、なんでもやれるって……」
 仕事だと割り切った人妻デリヘルの仕事は、二年ほど続けた。
「働き始めた当時、下の子を産んでそんなに時間が経ってなかったので、母乳が出てたんですね。それが珍しいってウケて、それなりにお客さんがついていました。そうしたお客さんのなかには、『外で会おうよ』って言ってくる人とかいたんですけど、ヤリたいがための言葉だと思っていて、付き合ったりすることはなかったですね」

 アヤカが風俗を辞めるきっかけとなったのは、アパレル関係の仕事が見つかったから。
「もともと、風俗はずっとできる仕事じゃないと思っていたので、昼間の仕事を探してたんです。そうしたら、運良く仕事が見つかったので、きっぱりとやめることができました」
 アパレルの仕事をしているときに、友達を通じて出会った、現在の同棲相手と交際を始めるようになった。
「彼は年下でお堅い仕事をしています。友達の友達だった人で、たまたま会って、同じ携帯ゲームをしてたことで話が合って、付き合うようになったんです。真面目で優しい人だし、妊娠がわかったときには、『結婚しよう』と言われました。でも、いまは私にその気がないんですよ。一回離婚してるし、結婚はちょっといいかなって」

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小野一光

おの・いっこう●1966年、福岡県北九州市生まれ。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。「戦場から風俗まで」をテーマに、国際紛争、殺人事件、風俗嬢インタビューなどを中心とした取材を行う。
著書に『灼熱のイラク戦場日記』『風俗ライター、戦場へ行く』『新版 家族喰い——尼崎連続変死事件の真相』『震災風俗嬢』『全告白 後妻業の女』『人殺しの論理』『連続殺人犯』などがある。

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