よみタイ

小野一光「限界風俗嬢」

SMクラブをやめた女子大生に訪れた“精神の不調”

母親からの独立、彼氏との別れ

「ラインにあったけど、最近なに、精神の不調ってなにがあったの?」

 背後で酔客の声が上がる左右の空いたテーブル席で、向かい合わせに座る。互いの飲み物を頼んですぐに、私は単刀直入に尋ねた。

「まあ、あの、いろいろ。母親からの分離ができて、独り暮らしを始めたんですね。で、あの、彼氏と別れたんですよ」

 いきなり、「母親からの分離」という強い言葉が出てきたが、表情にとくに思い詰めた様子はない。それよりも、アヤメにとって精神的な支えとなっていた彼氏と別れたという話に驚いた。そこで思わず口にする。

「あの彼氏とは続くだろうなと思ってたんだけどねえ……」
「なんか違うなと思っちゃって。将来に対してすごく甘いというか、自分を守りがちなタイプなんですよ。で、あの、そういう保身に回った話ばかりしてるんで、ちょっと一回距離を置こうかってなったんです」

 具体的な内容はわからないが、おおよその見当はつく話だ。別れた時期を尋ねる。

「最近ですね。六月の初めとか。すごく最近なんですけど」
「先月なんだ」
「そう、先月」
「彼も大学院に行ったの?」
「いえいえ、そのまま就職で、就活もかなりもたもたしてて大変で、十一月くらいまで決まらなくて。で、なんとか滑り込みで入った会社が、施工管理の会社で……」
「学校の勉強とは関係ないわけだ」
「関係ないところに入って、いまは××にいますね。赴任先が××だったんで」
 
 つまり別れたのは、二人が遠距離の関係になってからということになる。前に彼女から、同級生の彼とは大学一年の十月から付き合い始めたと聞いていた。私はふいに「付き合ってけっこう長かったよね」と漏らす。

「長かったですね。だから、自分の保身に走ってしまうようなところとか、ちょっと幼いところとか、治るかなと思って見守ってきたんですけど、治らなかったんで、距離を空けようと思って……」
「すんなり空けられた?」
「いやあ、向こうはちょっとごねたみたいな感じでしたけど、なんかいままでの『別れよう』とは違うと感じとったみたいで、『わかった。ちょっと距離を置こう』って。それで、連絡は取り合ってはいるんですけど、別れて。そうすると、私の方もあっちに頼りがちな部分もあったので、そういう意味で相談できる相手が少ないなって……」

 そこに注文していた茹で落花生が運ばれてくる。アヤメはそれを一つ食べ、「美味しい」と笑みを浮かべた。今度は私が聞く。

「誰かそういうことを相談できる同性の人とかはいないの?」
「同性だと、大学の友だちが一人、唯一なんでも話せる子が一人いて、あとは、なんといってもリカですね」
「リカちゃんとはどれぐらいの割合で会ってるの?」
「まあでも会うのは……。最近会ったのは、別れた直後に会いましたね。翌日にちょっと勢いで呼び出して、『近くまで行くからちょっと付き合って』って言って、公園で缶チューハイを飲んでました。新宿の、彼女の部屋の近くにある公園で」
「朝?」
「夜。というか夕方。私の学校帰りに」

 アヤメの紹介がきっかけとなった、リカへのインタビューを思い出す。私は継父に性行為を強要された彼女の話にも、衝撃を受けていた。

「二人は同級生だったけど、リカちゃんと仲良くなったのはいつなんだっけ?」
「中二とか中三ですかねえ。うちは中高一貫で、中一くらいからいるのは知ってて、別の子経由で知り合って、その子もだいたい家庭環境“難アリ”だったんですけど、その三人で集まって、廊下とかで話すことが多かったんです。ただ、その子とは価値観が合わないことに気付いて、最近は距離を置いてるんですけど、リカとはずっと合うんです。それがいままで続いてる」
 
 リカに対しては、これまでのやり取りのなかで、キャバ嬢然とした外見が抱かせる、“遊んでる子”というイメージではなく、“きちんとした子”であるとの印象を抱いていた。だから確認の意味を込めてアヤメに問う。

「リカちゃんはどちらかといえば外見はいかにもキャバ嬢って感じで、アヤメちゃんとは服装とかの好みが違うよね。それでも仲がいいってことは、やっぱり彼女って見た目と内面が異なるっていうこと?」
「内面が違いますね。たぶんキャバ嬢らしくないんじゃないかなあ。リカとラインとかよくするんですけど、彼女の考え方っていうのが、全部数式的に考えてるんですよ、世の中を。で、仕事中もお客さまはこうだからっていうのを、自分のなかで数式で考えて行動してるタイプなんです」
「なるほど。それで仕事を組み立てて、結果を出す、と」
「逆に私は哲学理論というか、いろいろ言葉の理論で考えるんです。それをお互いに知ってるので……。哲学も数学ももともと根幹は一緒じゃないですか。だから通じ合えるんだと思いますね」

 彼女の口から出た「根幹は一緒」というのは、なかなかに好ましい例えだと思った。私はそれまで飲んでいたビールを、芋焼酎のロックに切り替える。

アヤメはなぜ風俗の仕事をやめたのか……次回は2/7(金)更新予定です。
「SMクラブで働く女子大生アヤメ」連載第1回はこちら

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小野一光

おの・いっこう●1966年、福岡県北九州市生まれ。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。「戦場から風俗まで」をテーマに、国際紛争、殺人事件、風俗嬢インタビューなどを中心とした取材を行う。
著書に『灼熱のイラク戦場日記』『風俗ライター、戦場へ行く』『新版 家族喰い——尼崎連続変死事件の真相』『震災風俗嬢』『全告白 後妻業の女』『人殺しの論理』『連続殺人犯』などがある。

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