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ここは危険じゃない――風俗という「安全地帯」にいる女の子

過去の傷を薄めるため……。「してくれる」相手が欲しい……。 性暴力の記憶、セックスレスの悩み、容姿へのコンプレックス――それぞれの「限界」を抱えて、身体を売る女性たち。 そこには、お金だけではない何かを求める思いがある。 ノンフィクションライターの小野一光が聞いた、彼女たちの事情とは。 前回までで明らかになった、SМクラブで働く女子大生・アヤメが過ごした高校までの壮絶な日々。今回は、大学入学後に彼氏を作り、落ち着いたかに見えるアヤメが、その後も風俗で働き続ける理由を聞いた。

全てを知って、応援してくれる彼氏

「彼氏は、同じ学校の同級生なんですけど、仲良くなってから、自分の過去について隠さず話したんですね。そうしたら彼は、過去と向き合おうとしている私と一緒にいると言ってくれたんです。そこで一旦、自分自身の整理がつきました。それまでは、自分の経験が受け入れられることはあり得ないと思ってて、記憶がフワフワしてたんです。でも、人ができない経験をしたんだから、それをプラスに変えないとって、前向きに考えることができました」

 とはいえ、私は大学三年生の彼女と風俗店で出会っている。彼氏がいて風俗店で働くことに矛盾はないのか尋ねた。

「じつはそれまで風俗とは違うアルバイトをしてました。だけどメンタル的な原因で発作が起きちゃって、仕事を続けられなくなったんです。そのときに前に話したシェークスピア史と関連して、体験したらわかるかなってSMクラブで働くことにしたんです」

「ただ、どうしてもそれだけが風俗の仕事に就く理由だとは思えないんだけど」
 私は思わず言葉を挟んだ。

「うーん、たしかに(風俗に)戻るというのを決めるには時間がかかりました。二カ月くらいは、サイトの応募をクリックするかどうか悩みましたから。けど、私のなかで、異性の優しさや性行為を求めている自分がいるんですね。これまで悩んだ分、それらを中和するために、性の現場に居ながら、徐々に慣らしていければいいなと思ったんです」

 つまり、強制的に過去を断ち切るのではなく、徐々に離脱できるようにソフトランディングを考えたということだろうか。聞けば、風俗での仕事については彼氏にも話しており、応援してもらっているのだそうだ。その点については理解に苦しむが、そうした現実があると受け止めるほかない。

「風俗で働いてみて、ここは危険じゃない、安心だって気付きました。一人で援交をやってたときは、おカネをもらえずに中出しされて逃げられたり、手足を縛られそうになったりしましたから」

 風俗店では常に店員の目が光っているために、客も乱暴なことはできない。最初にひどい世界を知ったからこそ、それよりはましだと感じてしまう。

「店で見知らぬ人と出会うじゃないですか、それで見聞が広がるのが楽しくなったんです。人とのつながりを確認できるというか、悪いものばかりじゃないなと思ってます。やっぱり大事なのは人とのつながりだなって……」

 そう口にするアヤメを見ながら、まだ第三者に依存しなければいられない状態なのだと、胸の内で思った。だが、思春期にあれほどの体験をしてしまったのだ。彼女のペースでゆっくり自分を取り戻していくしかないとも感じた。

「自分が将来やりたいのは……。家出したりとかして、援交とかの、そういう稼ぎ方しかしていない子を守ってあげられるといいなと思いますね。私と同じように性被害に遭っている子に、手を差し伸べられたらいいなって……」

 未来の希望を語れるということは、生きていくエネルギーを持っているということだ。予想もしなかった壮絶な話を聞かされた直後だけに、その言葉に救われた気持ちになる。

壮絶な過去を経たうえで、「やっぱり大事なのは人とのつながり」というアヤメ。 撮影/小野一光
壮絶な過去を経たうえで、「やっぱり大事なのは人とのつながり」というアヤメ。 撮影/小野一光
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小野一光

おの・いっこう
1966年、福岡県北九州市生まれ。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。「戦場から風俗まで」をテーマに、国際紛争、殺人事件、風俗嬢インタビューなどを中心とした取材を行う。
著書に『灼熱のイラク戦場日記』『風俗ライター、戦場へ行く』『新版 家族喰い——尼崎連続変死事件の真相』『震災風俗嬢』『全告白 後妻業の女』『人殺しの論理』『連続殺人犯』などがある。

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