よみタイ

篠田節子「介護のうしろから『がん』が来た!」
認知症の母を介護しながら二十年。ようやく母が施設へ入所し、一息つけると思いきや――今度は自分が乳がんに!?
介護と執筆の合間に、治療法リサーチに病院選び……落ちこんでる暇なんてない!
直木賞作家・篠田節子が持ち前の観察眼と取材魂で綴る、闘病ドキュメント。

前回まではこちら→https://yomitai.jp/series/gangakita/

かゆみが消えた! 皮膚の清潔と母を風呂に入れる話

介護のうしろから「がん」が来た! 第31回

 再建手術から一週間目の診察の後、上半身のシャワーも解禁となった。
 
 洗顔ネットで石けんを泡立て、テーピングした上からてのひらで泡をふわふわ転がすようにして洗ってやると、あら不思議……かゆみが消えた。
 接着剤によるかぶれも確かにあるのだろうが、皮膚から出た汗や脂が刺激となってかゆみを引き起こしていたようだ。
 肌の清潔ってずいぶん大切なことなのだ、とあらためて思い知らされる。
 それまでも不潔にしていたという自覚はない。蒸しタオルで頻繁に拭いていたのだが、シャワーのようなわけにはいかなかったのだろう。
 こうしてみると病院にシャワー室が設けられ、傷口の状態や体力の回復具合を見極めて、比較的早いうちから清拭せいしきをやめてシャワーに切り替えるのは、理にかなったことなのだろうと思う。

 考えてみれば母もよく皮膚のかゆみを訴えていた。ときおりかきむしって傷にしてしまい、自分でバンドエイドを貼っているのが痛々しかったが……。
 老化によって肌の水分や油分の分泌が減って皮膚が乾燥する老人性乾皮症も確かにあったのだが、今にして思えば、認知症特有の症状から頑強に入浴やシャワーを拒否していたのも一因、というより主因だったのだろう。
 無理強いすれば怒り出すので、母が我が家にいる昼間には、風呂を沸かしては無駄に冷ます、の繰り返しだった。

 風呂嫌い、特に洗髪嫌いは、認知症のごく初期から現れるようで、最初に親や義母の異変に気づいたのは、一緒に温泉に行ったとき、という方も多い。
 以前読んだ新聞記事によれば、そんなときに無理強いは禁物だそうで、さる在宅介護の認知症の女性は半年間、風呂に入らなかったが、ある日、気が向いたらしく、自分からすっ、と入ってくれたそうで、つまり本人の気持ちに寄り添い根気良く待っていればいいんだよ、という内容だった。
 が、よくまあ、皮膚炎を起こさなかったなぁ、と感心すると同時に、たまに相談に乗る専門家の方はそれで済むけれど、家族はその臭気にどうやって耐えたんだろう、などと、余計なことを考えてしまった。

「風邪気味で喉が痛い」
「こんな寒い日にお風呂入ったら湯冷めする」「体調が悪いから風呂なんか入ったら脳溢血を起こす」
 認知症を甘く見てはいけない。母が口にする理由はどれも筋が通っている。
「一生、お風呂なんか入らない国の人たちだっているんだ」というものまであって、そりゃまあ、標高四千メートルくらいの極端に湿度の低い寒冷地では、たまに体を拭くくらいで、バターを塗った髪を洗うこともない方々もいますが……。

 

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篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。
撮影:露木聡子

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