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「標準治療」とは、お安くできるスタンダードクラスの治療、の意味ではないらしい

認知症の母を介護しながら二十年。ようやく母が施設へ入所し、一息つけると思いきや――今度は自分が乳がんに!? 介護と執筆の合間に、治療法リサーチに病院選び……落ちこんでる暇なんてない! 直木賞作家・篠田節子が持ち前の観察眼と取材魂で綴る、闘病ドキュメント。

介護のうしろから「がん」が来た! 第4回

 自宅に帰り、即、作家で現役医師でもある久坂部羊くさかべようさんにメールを打つ。日本医療小説大賞の授賞式でお話ししたことがあり、長編小説『悪医』で、末期のがん患者の闘病について書かれている方だ。患者と医師、双方からの視点で進められる小説は、まさに医師にしか書けない病気の実態や治療の実情が明らかにされており、今回、がんと診断されたときにまっ先に思い浮かべたのはこの本の中のいくつかのシーンだった。また著者である久坂部さん自身も高い見識をお持ちだ。
 
 この日、クリニックで告げられた内容と検査結果を丸写しにして久坂部さんに送り、病院と術法(切除か温存か)の選択について相談する。
 同様のメールを、さらに音楽仲間で麻酔科医のOさん、医師ではないが大学病院の先生方に知り合いの多いTさんのお二方にも送る。
 
 翌早朝、メールを開くと久坂部羊さんから返信が届いていた。
 たいへん示唆しさに富む内容なので、久坂部さんの承諾を得て、手を加えることなくここに掲載したい(重要と思われる部分を篠田の判断でマークした)。

「まず、温存手術か切除手術かは、一般には腫瘍の大きさが目安となるようですが、がんのタイプも関係があるようです。3cm以下だと温存が勧められますが、浸潤型だと切除が勧められるようです。
 私が外科にいた三十数年前は、乳がんはすべて切除手術でしたが、その後、温存手術にしても死亡率に差がないということがわかってきたので、腫瘍が小さめの場合は温存手術が勧められるようになったというのが実情です。(医療が進んで温存手術でも大丈夫になったわけではありません)
 結局のところ、細胞レベルでの局所及び他臓器への転移があるかどうかで結果が決まるわけですが、細胞レベルでの広がりは顕微鏡でも確認できないので、取り敢えずの手術と放射線治療等をして、経過を見るということになります。つまり、温存手術か切除手術かはあまり予後に関係しないとも言えますが、もしも温存手術にして、あとで再発すると、気持ちの上で切除手術にしておけばよかったと、悔やむことになるかもしれません。(切除手術でも再発した可能性は高いですが)逆に、切除手術で再発しなかった場合、温存でもよかったのではないかと悔やむ可能性がでてきます。また、切除手術の場合は、外見の問題、および手術側の上肢のむくみなどの合併症が出る場合があります。(出るかどうかやってみなければわかりません)
 病院選びですが、今は治療のガイドラインが確定していますので、ある程度以上の規模の病院であれば、治療法はどこでもほぼ同じだと思います。ご提示の病院でしたら、いずれでも標準治療(スタンダードクラスという意味ではなく、エビデンスに基づいた現時点での最高の治療)が受けられると思います。
 厳しい言い方になるかもしれませんが、実際には、がんが見つかった時点で運命は決まっているというのが本当のところだと思います。患者さんはあれこれ可能性を考えて悩まれることが多いようですが、医師の側は、標準治療をやって経過を見るということ以外できないのが実情です。
 いろいろ悩まれるお気持ちはお察ししますが、悩むことがよい結果につながることはまずないので、運を天に任せて、出会った専門家に一任するというのもひとつの方法かと思います」

 簡潔明瞭、信頼に足るありがたい助言だった。

 

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篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。
撮影:露木聡子

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