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温存?切除? 病院はどこ? 決めるのは私

認知症の母を介護しながら二十年。ようやく母が施設へ入所し、一息つけると思いきや――今度は自分が乳がんに!? 介護と執筆の合間に、治療法リサーチに病院選び……落ちこんでる暇なんてない! 直木賞作家・篠田節子が持ち前の観察眼と取材魂で綴る、闘病ドキュメント。

介護のうしろから「がん」が来た! 第3回

 例によってイケメン先生が私の目を正面からみつめた。
「生検の結果ですが……がん細胞が発見されました」
 
 三月十七日。少し早目に彼岸の墓参りを済ませた日の夕刻のことだ。
 告知というより宣告、という言葉がぴったりの真剣な眼差し。「できるかぎりのことをします、頑張ってください」と、その表情が語っている。
 ステージ1と2の間くらいの浸潤しんじゅんがん。続いてその他の検査結果について、詳細だがわかりやすい説明がある。初期の乳がんなので、きちんと治療すれば九割方助かると告げられた。
「だいじょうぶですか?」と先生が言葉を止めてこちらの顔を覗き込む。
 あまりにも平然としているので、ショックのために茫然自失ぼうぜんじしつしていると思われたようだが、クリニックから電話をもらった時点で結果はわかっていたので、すべて想定内だ。
 
 還暦を過ぎてみれば身辺はがん患者だらけだ。可愛いさかりの子供を残して亡くなったフリーアナウンサーの悲劇は記憶に新しいが、私の周辺では乳がんで死んだ者はいない。
 たとえば役所時代の先輩はセカンドオピニオンに従い、数年間放置した後、そろそろ大きくなってきたから、と手術したが、二泊三日で退院してきて予後は良好だ。
 一緒に温泉に行ったが、温存手術のうえ、もともと赤ん坊の頭ほどもある巨乳なので、どこを取ったのか、手術痕さえわからない。
 二十年来の友人もやはり温存手術だが、彼女はその後の放射線治療がなかなか辛かったらしい。
「私も最初はさっさと手術してさっぱりしたいと思ったけど、とにかくその前の検査とかセンチネル生検とかの段階から、どんどん落ち込むの。やっと終わったと思っても、その後の放射線治療とか憂鬱ゆううつなことがたくさんあって。せっちゃん、たいへんなのは手術が終わった後だよ」
 とはいえ、普通に生きている。美熟女ぶりは変わらず、センスの良い服の下の胸の膨らみもまったく以前と変わりない。
 
 つまり手術はするとして、昔と違い、最近の主流は温存。術後の放射線治療が辛い場合もあるが、終わってしまえば、見た目もほとんど変わらず、生活に支障はきたさない。若くして発症すれば進行が速く危険だが、おばさんはめったに命は落とさない。
 このときまで私の認識はこんな程度のものだった。ところが……。
 
 手際よく必要な説明を終えた先生は、手術を行うにあたり紹介できる病院を数ヵ所挙げてくれた。
 病気の性格上、病院とは長いつきあいになるそうなので(通院治療、定期検診、場合によっては緩和ケアまで)慎重に選び、速やかに結論を出さなければならない。
 リストアップされていたのは、築地に二ヵ所、加えて有明、虎ノ門、それと地元でヤブと恐れられている某大病院。ヤブは除き選択肢は四つ。
 クリニックで紹介状を書くので、週明けまでに決定して連絡するように、とのことだ。
 続いて、病院に行く前に切除手術か温存手術か、どちらを希望するか決めておくようにと指示がある。

 

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新刊紹介

篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。
撮影:露木聡子

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