よみタイ

「二十時間勉強法」で京大入試も就活も突破した極限坊主・野々宮【学歴狂の詩 第14回】

野々宮は自分の信念を曲げたことが一度もなかった

記事が続きます

 しかし、野々宮はそうして真剣に就活に励んだ結果、見事にマスコミへの就職を果たした。この連載の中で、京大生は就活においてかなり有利なポジションにいるということもお話させてもらったが、大手マスコミなどはもちろん難易度が高く、東大生や京大生だからといって簡単に入れるほど甘い世界ではない。野々宮は愚直にエントリーシートを書き続け、偏執狂のようなレベルで面接や小論文対策を繰り返し、謎の一発芸をいくつも用意し(私はXJAPANのラストライブのYOSHIKIのモノマネを見せられた)、それらを私や他の友人の前で恥ずかしがることもなく披露しまくり、地道なブラッシュアップを重ねて見事に標的を撃破したのである。

 思い返してみれば、野々宮は誰に何を言われても、自分の信念を曲げたことが一度もなかった。京大も絶対に無理と言われていたところから合格に持っていったらしかったし、マスコミもやめとけと散々言われまくっていた(「麻雀」すら書けなかったのに記事を書くような仕事は向いていないぞ、という友人が多かったし、いまでも覚えているが、私が見たエントリーシートでは好きな作家欄の「芥川龍之介」が「芥川龍之助」になっていた。読ませてもらった小論文も初期の頃はひどい内容だった)ところから内定まで持っていった。彼は自分が一度掲げた目標は、決してスマートではない彼独特の泥臭いやり方であったにせよ、すべてあきらめることなく達成していたのだ。私は基本的に野々宮を少し上からイジる、という立場を初対面の時からずっと保っていたし、周りも似たような感じだった。というのも、そうせざるをえないような、テレビのイメージでいえばパンサーの尾形さんのような雰囲気を彼自ら出してくるのである。しかし正直なところ、就活の時期から野々宮の信じがたいド根性や、変なプライドの無さからくる吸収力の高さなどに完全に圧倒され、個人的には上からいくのがつらい状態になっていた。この感覚は、会社でかなり後から入ってきた後輩がバリバリ成長していき役職も何もかも追い抜かれたが、年次的に上からいかざるをえない窓際社員のそれに近いだろう。

 私はかつて週刊現代のインタビューを受け、京大生は仕事をやめがちな傾向にある、エリートと無気力マンに二極化していると語ったことがあるが、野々宮はもう少し複雑な存在で、無気力マンを仮構したエリートだった。私なりに分析すると、京大生の中で社会的成功をおさめるタイプとダメなタイプの違いとして、受験勉強の方法をそのままスライドさせて就活や仕事、コミュニケーションに応用できるかどうかという点があると思う(もちろんハナから成功する気がないタイプもたくさんいるのだが)。野々宮は受験で培った方法論を、それ以降の人生のフェイズでも使い続けて成功したのだ。それは就活までだけの話ではない。野々宮の職業上、私は現在の彼の仕事ぶりの一部を見ることができるのだが、あの低レベルな小論文を書いていた、麻雀の雀の字も書けなかった野々宮はもういない。彼は虎の子の「二十時間勉強法」を用いて、自らに必要な能力を徹底的に鍛え抜いたのだ。エリートになりたいのに失敗する京大生や有名大生の多くは、おそらく潜在的なプライドの高さに邪魔されている。受験勉強はコツさえ掴めば筋トレのようなもので、さほど恥をかくことなく勝手に能力を伸ばしていける。しかしその後の人生の段階において一定のレベルを超越するためには、よほど元々の能力が高くない限り、プライドを捨てて恥をかくことが要求される。そこで躓かずにやれるかどうかが、結果を分ける大きなポイントになってくるのだ。

 さて、読者の方々の中には「で、そんなことを偉そうに書いているお前はどうなんだ?」と思われている人もいることだろう。私はもちろん、野々宮のようにはなれなかった。私は新卒で入った大企業を一年で辞めた人間なのだ。つまり、受験の方法を会社員として応用することができなかったのである。だが、作家業は公募時代から数えるともう十八年続いている。それはなぜかといえば――あくまでも私の考えでは、ということだが――作家の仕事はほとんど受験と同じだからだ。基本的には一人でできる作業が主であり、さほど恥をかくこともなく勝手に上達していくことが可能なのだから、これはほぼ受験そのものなのだと言っても過言ではない。この私の戯れ言を聞いて「もしかしたら自分は小説に向いているかもしれない」と思った悩める受験専用ファイターのあなたは、ぜひ一本でもいいから小説を書いてみてほしい。世に出る出ないは別として、その行為自体に救いを見いだすことができるかもしれない。

 次回連載第15回は8/15(木)公開予定です。

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント
佐川恭一

さがわ・きょういち
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
X(旧Twitter) @kyoichi_sagawa

週間ランキング 今読まれているホットな記事

      広告を見ると続きを読むことができます。