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大阪大学と慶應大学、どちらの法学部へ行くべきか? イケメン浪人生・上野の選択【学歴狂の詩 第12回】

「阪大法と慶應法、どっちがいいと思う?」

 私は何度か言ったように、受験本番が近づくにつれて少しずつ成績を下げていったのだが、上野もそれほど伸びたとは言えない状態だった。そうして迎えた浪人のセンター試験、私も上野もほとんど同じ点数を取っていて、京大の傾斜配点に直してもさほど変わらなかった。私は京大法学部のボーダーを2点割ったことにより、即座に文学部転向を決めた。当時の京大文系ではセンター試験の点数が250点に圧縮されたのだが、理科と社会の配点が高めで、浪人しても地理がだめだった私の傾斜配点は213/250にとどまり、法学部のボーダーは215点、文学部のボーダーは209点だった。わずかな点差だが、私はセンター前から「ボーダーを1点でも割ったら法学部はやめる」と決めていて、私はなぜか昔からこういう決断は変えないタイプなのだった。一方、上野は迷いに迷っていた。細かく言えば、上野の傾斜配点は210点だった。上野は弁護士になりたいが京大にも入りたい、というジレンマに悩まされており、阪大法学部と京大文学部のあいだで揺れに揺れていた。

「お前、弁護士はどうするん」

 上野に言われたとき、私は「それは後で考える」と言った。

「法学部ならロー二年で済むけど、文学部でもやっぱり司法試験受けるってなったらそれを三年通えばいいんやろ? それはそん時考えるわ」

 すると上野は「その一年はでかいで……」と頭を抱えていた。私は「お前はここまでやってきて本当に阪大でいいのか、頭を冷やしてよく考えることだ!」とまるで某R高教師のようなことを言った気がする。普通に考えると将来のことを視野に入れている上野の方が正しいのだが、その時の私には上野の悩みの意味が本気でわからなかった。「阪大でいいわけねえだろ」というのが私の不動の信念だったのである。

 結果的に、上野は阪大法学部に出願した。私はそれで上野のことを本物のバカだと思ったのだが、人様の決断に口を差し挟むのも野暮だし、そもそもそんな余裕もなかったので、「フーン、お互いがんばろう!」と言っておいた。私立大学については、私が早稲田法などを撃破しているあいだに、上野は慶應法などを撃破していた。

 受験が終わり、私は京大文学部に、上野は阪大法学部に無事合格した。そして私が早稲田に入学金を納めていたのと同様、上野もまた慶應に入学金を納めていた。受験後に会った上野は、そこで衝撃の発言をした。

「阪大法と慶應法、佐川はどっちがいいと思う? 長い目で見て……」

 並外れた東大京大主義者であった私は、その前に筋金入りの旧帝主義者でもあったため、この発言には度肝を抜かれた。「阪大」と私は言った。

「そら阪大やろ」
「阪大かあ……でも、世間的にどうなんやろ、その、長い目で見てさ……」
「阪大!」
「うーん、阪大かあ……」

 上野の態度は煮え切らなかった。私はある意味で、弁護士の夢にこだわり抜いた上野のかっこよさというものも認めなければならないな、と、合格後の余裕のある頭で考えていたわけだが、そんなことを言うなら京大法に特攻しておけばよかったじゃないか、と上野に若干の失望を感じながら、とにかく阪大を激推ししておいた。

 私の話を聞いたからというわけではないだろうが、結果として上野は阪大法学部に進学した。その後は二、三度会っただけで交流がなくなってしまい、上野が弁護士になったのかどうかはわかっていない。私は今でこそ阪大と慶應で悩む人間の気持ちがわかるし、実際にそれで慶應を選ぶ人間のことも理解できる。京大の同級生で就職とともに東京に進出した関西人の男は、「阪大と慶應なら、金があれば慶應に出た方がいい」と断言していた。私は東京のことがわからないのでそこまで言い切ることはできないが、あのオリハルコンより硬かった私の信念は、実際に慶應卒の人たちとも交流する中で、「まあ慶應の方がいいこともあるのかなあ……」というぐらいの感じにまで弱まっている。この問題の答えはまだ自分の中ではっきり定まっていない。この連載を読んでくれているみなさんは、同学部で比較した場合、阪大と慶應のどちらがいいと思われるだろうか?

 最後に付け加えておきたいのは、成宮寛貴と玉木宏を足して2で割ったような顔を持つ人間が、最後まで女の子の方に引っ張られることなく受験を浪人含めて完走し、阪大法学部と慶應法学部をきっちり撃破したことは、実に特筆すべき成果だということである。もし私にあの顔がついていたなら、おそらく浪人中に女の子にうつつを抜かしまくり、今頃は●●大学●学部(注・編集部の判断で伏せ字にしています)あたりの卒業生になっていただろう。

 次回連載第13回は6/20(木)公開予定です。

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佐川恭一

さがわ・きょういち
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
X(旧Twitter) @kyoichi_sagawa

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